written by みさやんさま




Everything i do is for you.
 〜闇に架ける虹〜



<7>



空中の酷い冷気と、みぞおちへの拳によるショックで、意識を失ったまま倒れる003の身体に、山頂の風が容赦なく吹き付けていた。
ドルフィン号から連れ去られた瞬間からの記憶がない003は、頬に感じる冷たさと、太陽の光が瞼に当たる明るさで意識を取り戻した。

(これは…、雪……?)

視界がぼやけた状態で、ゆっくりと瞼を開いた003は、太陽光の眩しさに、思わず手で顔を覆おうとした。
その時、布のような何かが顔に触れた。
それが何かを確かめるように、視線の先へと持っていく。
すると、003の瞳に、先が焼け焦げた黄色いマフラーが飛び込んできた。
同時に、布地が焼けたニオイが鼻をつく。
(はっ!!)
003は、はっきりと瞳を見開いて、周囲を確認した。

グレーの空と、雪の世界。
肌に突き刺さるようなうな冷気と、ビュービューと吹く風。
ここはどこなのだろうか?
その場に起き上がろうとした003だが、すぐには身体に力が入らない。
003は、咄嗟に耳と眼で辺りの様子を窺った。
その瞬間、009の苦しむ声が、003の脳に聞こえてきた。

(ジョー!!!)

009の声が聞こえる方角から、009の居所を掴んだ003は、強張った我が身に鞭を入れるようにして渾身の力をふりしぼると、その場に起き上がった。
そして、腰のホルスターからスーパー・ガンを抜き取り、雪の上を這うようにして、声が聞こえる方角へと身体を進めた。


***



「ぐっ……はぁはぁ…」

馬乗りになっていたスノーの身体を突き飛ばし、なんとか危機から逃れた009は、一先ず大きな岩の後ろへと逃げ込んだ。
「…うっ」
太股に、尋常ではない痛みと電圧を感じて足元を見た009の左足からは、鮮血が雪上に流れ、それがポタポタと赤い跡をつけていた。

「血の跡で、お前の居場所はすぐに分かる。逃げても無駄だ」
スノーの声が、澄みきった世界に響いた。

雪上の窪みに身を潜めて、この様子を見ていた003の耳と眼に、岩陰に隠れている009の負傷した姿と、スノーの姿が飛び込んでくる。
009の片腕には、黄色いマフラーの切れ端が巻かれていた。
(あれは、もしかして…)
空中で気を失っていた003は、それが自分のマフラーの切れ端であることに気がつく。

(…身を潜めながら、身体を支えられる物はないかしら!!)

003は、前方に立つ岩へ狙いを定めると、そこに向かって移動した。
そして、雪上から突き出ているかのような大きな岩を伝って身体を起こすと、岩陰からスーパー・ガンを構えた。

(チャンスは、一度きりだわ…)
003は、スノーの胴体にあるであろう、サイボーグにとっての急所へと狙いを定める。

エネルギーを最大まで溜め込んだ003の手の中のスーパー・ガンは、熱を持ちウィーン小さな音を立て始めた。
やがて、照準がスノーへと合う。

「お願い!!あたって!!」

003は、スノーの胴体めがけてレーザー光線を撃ち放った。
熱い光線が、高速で白い雪上を走りぬけた。

「なんだ?!」

突然、岩陰から勢いのある熱量が自分へと撃ち放たれた気配に気が付いたスノーは、それを避けようとしたが、009のスーパー・ガンがそれを許さなかった。

「いまだ!」
逃げようとする足元に、009のレーザー光線が撃ち込まれ、逃げ場を失いその場から動けないスノーの身体を、003が放ったレーザー光線が、一撃で急所を突き抜けた。

「ぐああああああああ!!!」

爆発音と共に散らばった、スノーの身体の破片…
それが周囲に飛び散り、パラパラと雪上に落ちた。
煙を上げ、ドサリとその場に倒れたスノーの身体には空洞が出来ていた。

「ジョー…」

スノーへの一撃が成功し、力が抜けた003は、目の前の岩へと寄りかかるようにして倒れた。

「フランソワーズ!!」
009は、003の元へと駆け寄った。


***


チラチラと白い雪が、まるで花びらのように身体の上に降り注ぐ…。

機械が焼け焦げ、その酷い匂いが辺りに立ち込める。
動かなくなったスノーの五体は、雪の上にへばりついたようにピクリともしない。
今となっては、どうやって身体を動かしていたのかが不思議なくらいだ。

「……ここが、私の…棺桶になるようだな…」

身動きが出来ないスノーは、両目を開けて、空から降る最後の雪を見ていた。
白い雪が、自分の顔に、身体に、静かに降り積もる。
しかし、サイボーグ体になった時点で感覚神経を抜いたスノーの身体は、その冷たさを感じない。

「…35000フィートから下り…そして…身体に空洞が空いても…死んでないとはな……」

空を見上げるスノーの顔に、影が出来た。
スノーが視線をそちらに向けた時、スノーの身体に、スーパー・ガンを向けた009が立っていた。
009の足元には、気絶した003が横たわっていた。



決着




「…私とあろうものが…油断していたようだな…」

「…スノー、僕達は荷物なんかじゃない!それに003は、大切な仲間だ!!」

009の言葉にスノーは、空中戦を思い出す。

「003という“荷物”を抱えて、その速度で移動出来る。009、君は実に魅力的だ」
「009、笑わせるな!!そんなにその女が大事か!!」


「フ…、感情など…厄介なだけだ…009……戦闘用…サイボーグ…には…そんなものは…必要ない…」
「僕は、そうは思わない!」

「…そして…感覚も…必要ない…すべての肉体的神経は…苦痛を生み…精神的世界は……迷いを生むだけだ…戦うためには…強さだけ…あれば良い……サイボーグは…身体中…どこを切っても……機械だ…お前達は…何故…感情や苦痛を…残す…」

「…………」

「…まあ…よい……答えを求めている…わけでは…ない……009……雪は…冷たい…か?」
「…冷たい」
「……私には…感覚神経がない…熱さも…冷たさも…痛みも…感じない…そんなものは…戦闘には…必要ないからだ……009…私の…頭を撃て……話しは…終わりだ…」

009は、構えていたスーパ・ガンを降ろした。

「…あなたは、雪の冷たさも知っているし…、そして、サイボーグ体になっても、感情があることをずっと苦しんでいた…。だから…、そんなこと僕に話すんだ。あなたは、どこを切っても機械ばかりではない…」

「…分かったようなことを……」
スノーは、空の先に何かを見つめるような視線をしていた。

「009…私は…メルデを…、友人を…助けたかった…」
「…友人?」
「…メルデとは…私の身体にある…もう一つの……脳……本来なら…彼が…私のような身体になる…予定だった…しかし…改造手術に失敗し…彼は捨てられた…私は…友人を…助けたかった…ゴミのように……捨てられた身体から…助けられたのは…脳だけだったが……そしてメルデは……エスパーへと…彼の脳は……私の胴体に…」

「…その友人を、見捨てられないようなあなたが!!何故、BGなんかに手をかすんだ!!あなたは、より強い身体を求めるのではなく、強い心を求めるべきだ!」

「…そうありたいと…願った時に…うまく現実が…用意されているとは…限らんのだよ…この世は…平等ではないからだ……009…もう私から…離れろ…爆破装置が…作動した…本部で…私の存在は…抹消された…あと…90秒で爆発する…」

「どれが爆破装置だ、僕が外してやる!!」

「……無理だ…早く…003と共に…私から…離れろ……遠くへ…早く…」
最後に残った力を振り絞るようにして、スノーの片腕が009の身体を跳ね飛ばした。

「…話は……終わりだ……早く…行け…009……」」
そう言い終わり、瞳を閉じたスノーからは、すでに呼吸が感じられなくなっていた。



「…僕は、お前を忘れない!」



009は、横たわっていた003をしっかりと抱きかかえると、スノーの身体から瞬時に離れた。

走っても走っても、白い雪と灰色の岩しか見えない世界を滑り降りる。

やがて後方で爆発音が聞こえた。
立ち止まって振り向いた009は、空に向かい黒い煙が立ち昇っているのを見ていた。
スノーが最後に残した黒煙を、山の風は、僅か数秒で吹き消した。

スノーという男の詳しい過去は分からないが、スノーにはスノーの事情があったのだ。
数分前まで、倒すことしか考えられなかったスノーだが、一人の人間としての最後だったことが、嬉しくもあり悲しくもあった。
それを思い出すと自然と涙が溢れ、009は、腕の中で気を失ったままの003をしっかりと抱きしめていた。


スノーの最期




「…皆を探さなくちゃ。行こう、003…」

腕の中の003に、そう呟いた009は、再び山を下りはじめた。

空を見上げても、地上を見渡しても白一色の世界に、再び静寂が訪れる。
木もなく、あるのは雪と岩だけのこの大地で、生きているのは自分達二人だけのようにすら思えてくる…。

(今、どこにいるのだろう?ドルフィン号は無事なのだろうか?)

009がそう思った瞬間である。
大きな爆発音が山中をこだまし、地震が起きるような振動が009の足元を揺らした。
四方八方の雪山をざっと見回した009は、遠くの空にきのこ雲を見つけた。

「あれは?!」

爆発したのは、BGの基地やブラック・ファントムなのだろうか?!それともドルフィン号?!
耳を澄ますと、地上の方でも連鎖的に爆発が起きているようだ。
やはり、探していた基地が爆発したのだろうか?
009は、腕時計型の連絡装置を確認するが、それは壊れ、ドルフィン号と自分達の位置を知る事が出来る小さなパネルも割れていた。
雪山では、吹雪が起きたら方向を見失い、白一色の世界では目印となる目標物がない状態である。
煙が消えないうちに、山の地形と方角を確認しておかなくてはならない。
位置を知るために空を見上げ、周囲の地形を即座に頭に叩きいれる009の数メートル地下では、押し寄せるように不気味な地響きが迫っていた。

ゴゴゴゴゴ!!

009が、足元に押し寄せる僅かな振動に気がついた時には、大きな音と共に勢いを増した雪崩が、後方から襲って来ていた。

「雪崩だ!!」

ズザザザザーーーーー!!

豪音と共に発生した大きな雪崩は、あっという間に009と003を飲み込んでいた。



←back / next→