written by みさやんさま




Everything i do is for you.
 〜闇に架ける虹〜



<6>



―高度30000フィート―

前後左右上下からの風圧が、003を奪ったスノーを追いかける009の行く手を阻んでいた。
びゅうびゅうと凄まじい空気の摩擦音、高速のスピードで落ちる気圧で呼吸が苦しくなる。
生身の人間ならば、即座に肺を押しつぶされているだろう。

スノーの腕の003は、気を失ってぐったりと身体をくの字に曲げていた。
加速状態の009は、一刻も早く003を救いたい一心で、逸る気持ちでスーパー・ガンの照準をスノーに合わせるのだが、捕捉した瞬間に吹く風が、不安定なスノーの身体を的から微妙に外していた。

「ダメだ。ここで撃ったら、フランソワーズにあたってしまうかもしれない!」

ブラック・ファントムは、思ったよりも下方を飛行しており、巨大な黒い機体が小さく見えていた。
009の視線の遥か先、顔へ腕を近付けるスノーの姿が見えた。
なかなか高度が上がらないブラック・ファントムへ、腕の通信機から連絡を取っているのだろうか。
その間に009の身体は、徐々にスノーへと近付いていた。

「もうすぐだ!」

スノーが、自然ではない空気の振動に気がつき、上空を見上げた瞬間である。
空中回転し体勢を整えた009は、スノーの身体めがけて加速状態で体当たりをした。

「ぐあっ!!!」
みぞおちに009のアタックが入り込み、空中に、スノーが吐いた血が散った。

サイボーグ体の循環液とも言える赤い血が、マイナス40度の冷気で瞬時に凍りつき、バラバラと砕け落ちる。
思わず腕の力が緩んだスノーは、003の身体を空中で離した。
003の黄色いマフラーが強風に舞い、凄まじい風圧が、003の身体を弄ぶように空中へと連れ去り、意識を失っている003の身体は、彼女へと伸ばされた009の手に触れることなく、豪風に吹かれるままに、瞬く間にその距離を離した。
届かないその身体へと、腕を伸ばした009が叫ぶ。

「フランソワーズ!!!」

(009、ここまで追いかけてくるとは!!)

「加速装置!!」
009は、体勢を崩しているスノーを足場に、自分から距離を離す003へと移動しようと試みた。
そんな009の足を、スノーが掴んだ。

「おのれ、009、行かすかっ!!!」

009と時を同じくして、加速装置を使用したスノーの身体は、即座に009の加速状態を解き、二人分の重い身体は、重力のままに003との距離をさらに離した。

009は、なんとかスノーの身体を突き離すため、渾身の力を込めて抵抗していたが、長身のスノーは、009の身体に体重を利用してよじ登ると、両腕で009の首元を絞めた。
下から吹き上げる風は、スノーが009の首筋にぶら下がるような状態へと追いつめ、009の身体を上空へと舞い上げ、逆さまにした。

「…うぅ…!!」
首が絞まっていく苦しさと痛みに、歯をくいしばって耐える009に、傲慢な態度でスノーが話しかけた。

「この私に血を吐かせたのは、君が初めてだよ。さすがは“私の一部”に選んだサイボーグだと誉めてやろう」
「お…前なんかに…、この僕は!」
「倒せない?とでも言いたいのかね?そんな強がりも、今の内だ!空中まで私を追ってきたことを、存分に後悔させてやる!!」

「……ぐっ!!」
スノーの腕を振り切ろうと、もがく009の首に、スノーはさらに力を入れた。

「諦めろ。このままブラック・ファントムへと運ぶまでだ!」
「……そんなこと…さ、せない……」

身動きが出来ない姿勢へと、009を追い込んだスノーは、なかなか高度が伸びないB・ファントムへと、腕の無線機から再び通信を送った。

「ハイ・パワーで揚力を取り戻せ!なにをやっている!早くしろ!」
―はい!大佐、申し訳ありませんっ!!―

その間も、必死に抵抗する009だったが、スノーに首を掴まれ循環液が一定量まで脳に到達しない状態へと追い詰められたままでは、その力は徐々に弱まっていた。
スノーは、それを見計らったように垂直落下の体勢を取ろうとした。
風の抵抗が弱まり、この体勢の方がB・ファントムへ早く移動できるためだったのだが、強い風圧で思うように態勢が整わない。

(…いまだ!!)
009は、スノーの僅かの力の緩みを狙って身体を反転させると、勢いをつけてスノーの顔面を顎から蹴り上げ、両足で胸の辺りを力一杯蹴ると、上空に浮くようにして落ちている003の身体めがけ、再び加速装置で移動した。

「ぐああっ!…貴様!」

口腔を切ったスノーは、口中に残る血を吐き捨て、上空の009の姿を睨みつけた。
その時、ブラック・ファントムがスノーの背後に現れ、009の蹴りを受けて体勢を崩したまま落ちるスノーの身体を、翼で救った。

「009は、私が捕らえる。ドルフィン号を捕らえて来い!」
―了解しました!―

ブラック・ファントムの甲板へと立ち上がり、009と003の姿を捕捉したスノーは、その場所に向かって、加速装置で瞬時に風の中に消えた。

「009、笑わせるな!!そんなにその女が大事か!!」





「しっかりして!003!!」

009は、力無くぐったりしている003の身体を、しっかりと腕に抱きよせると、003の首のマフラーを、自分の腕にくくりつけた。空中で、簡単には離されないようにする為である。
そして、003の身体を抱き寄せた瞬間、009は背後から襲いかかる殺気に振り向いていた。

「003と共に、空に散りたくなければ、大人しくしろ!!」

カチャリと銃を突きつける音と共に、スノーは009の首のマフラーを掴んでいた。
上空を見上げた009の目に偶然、白い煙と炎を上げたドルフィン号の機体が見えた。
その機体を追い上げるブラック・ファントム。

「ドルフィン号がっ!!」

「お前達と共に、アレはもうすぐ私の手に落ちる!雷の電流は、機体に数百の亀裂を作っている。そんな機体が、どこまで持つかね?移動できる積乱雲、BGの素晴らしい発明だ」

スノーが不気味な微笑を浮かべるその上空で、ブラック・ファントムと交戦を続けるドルフィン号の高度は、次第に下がって行く。

「仲間の女を、その腕から離せない不利な戦闘状態のお前も、どこまで持つだろうな?すでに勝敗は見えている。ゼロ・ゼロ・ナイン!」

「チクチョウ!」
「力の差だ!威勢だけでは勝てんのだよ!」

スノーは、009の首のマフラーを引っ張り、009を再び引き寄せようとした。
その瞬間、身体を屈め、踵を返すようにした009のスーパー・ガンがスノーの頭を狙ったが、両腕の空いているスノーの腕に簡単に阻止された。

「009、私は君を手に入れ、より性能のよいサイボーグに生まれ変わる…」
スノーがニヤリと笑う。

「お前の思い通りにはさせない!」
「強がりもほどほどにしたまえ。009、すでに何度、フルパワーで加速している?お前の身体は、弱っているようだが?」

スノーは、009の身体から上がる白煙に気がつき、そう脅した。

「君と違い、私の加速装置は、回数の限界が無いに等しい」
「どういうことだ?!」
「冥土の土産に教えてやろう。私は二つの脳を持っている。私の身体は、サイコキネシスと同化している、加速装置を使わなくとも、瞬時に移動出来るというわけだ」
「!!!」
「気がついたか、009。私は加速しなくても、姿を消せ、そして移動すらできるのだよ」

それでこの男、突然ドルフィン号のコクピットへ…!!009は眉間に皺を寄せて、スノーを睨みつける。

「結果論ではあったが、君のサイボーグに適した身体は素晴らしい。009、君を手に入れBGの技術を持って解剖し研究する。そうすればこの先、我々はより強いサイボーグを造ることが出来るだろう!」

「変態野郎!!あんたもBGも狂ってる!僕の身体は、お前なんかに渡さない!!」

「面白い、ますます君が欲しくなる!戦闘エネルギーの少ないこの状況で、それほどまでに抵抗するならば、君の強さを見せてもらおうじゃないか!!ボロボロになって動けないお前をつれ帰るのも悪くないからなっ!!」

――――――――――――――― シュン!

より加速速度を上げたスノーが、再び009の目の前から消える。
その姿を追いかけるために、009もまた速度を上げた。
空気抵抗を利用してスノーの背後を陣取るジョーだが、身軽なスノーはすぐに交わし、攻撃を仕掛けてくる。

「003という“荷物”を抱えて、その速度で移動出来る。私は、009という君の性能を認めている。009、君は実に魅力的だ」

009を破壊する気がないスノーは、この状態を楽しんでいるように思える。
持久戦に誘い込むようだ。

(このままじゃダメだ。スノーは僕のエネルギーが切れるのを待ってるんだ。かといって、加速しなければスノーの姿を見失う…)

003を腕に抱えての、空中での加速戦闘は、徐々に困難を極めつつあった。



空中戦




あと、何分持つのだろうか?
009は、眼下に起立する雪山の山頂へと目を凝らした。

(いずれスノーも 地上へ落ちる。空中での加速は、エネルギー消費量が多い。いっそのこと、早い段階で地上へ誘い込む方が良いのだろうか)

009とスノーのレーザー光線が空中で何度もスクランブルする。
瞬発力が落ち始めた009の身体は、素早く移動してくるスノーの攻撃を避けるのがやっとの状態となり、009の胴体の白煙は、徐々に量を増していた。

「009、身体が悲鳴を上げているようだな!」

009にとっては、このまま空中戦を続けるのは、明かに不利な状態であった。
スノーの動きに注意しながら、何度も空中移動を繰り返した009は、一か八か地上へと向かい加速速度を速めた。――――――――――シュン!スノーの目から009の身体が消える。

「どこへ逃げる!」そんな009を、余裕さえ見せてスノーが追いかけた。

山頂まで、約10秒。
上手く山頂に下り立つために、009の身体に緊張が走る。
加速装置のオンとオフをストップモーションのように何度も利用し、降下速度を緩めた009は、最後に003と自分を繋ぐ腕のマフラ−を空中へと広げ、僅かの空気抵抗を利用して、致命的な衝撃を受けることなく、先に山頂へと降り立つことに成功した。
009は、即座に003を岩陰へ寝かせると、003を戦闘区域から出来るだけ離すために、素早く距離を稼いだ。

黒いスーパー・ガンを構えるスノーは、大きく黒いマントを広げ009へ向かい真っ直ぐに下降していた。

「スノー!!!」
その刹那、009は空中のスノーの眉間へスーパー・ガンの照準を合わせ、最大出力で撃ち放った。
太いレーザー光線が、空中を走りぬける。

「むっ!!」

空中で赤い炎が上がった。
(撃ち落とした!)009がそう思った瞬間である。
煙の中から、スノーの身体が現れ、009めがけて突進してきた。

「急所を外したようだな!山頂の風は、私に味方した!」

スノーは、山頂に立つ009めがけ、レーザー光線を撃ち放った。
加速して避けようとした009だが、スノーが時間差で放った二本のレーザー光線は、僅かしか移動出来なかった009の肩を霞め、血を流した009は、その場に倒れ込んだ。

身体の中の機械が、オーバーヒートで焦げたような匂いが、倒れた009の鼻をついていた。

山頂へと降り立ったスノーが、009に話しかけた。
「加速が解けて、自ら倒れこむとは、使用頻度の限界に達したようだな」
そう言いながらスノーは、009の前髪を掴むと、ぐっと顔を上げさせた。
009は、スノーの顔を睨みつけた。

「空をよく見ろ!助けにくる仲間の気配はない。お前の機体は、今頃はどこかに撃ち落とされているだろう、私のブラック・ファントムによってな」

橙色の冷ややかな視線が、009を見下ろしていた。

「くっ……」
「もはや、お前達の負けだ」

スノーは、雪上で倒れている009の上に馬乗りになると、片手で009の両腕をつかみ、そして我が身で胴体を押さえつけた。

「大人しく掴まるタイプではない君だから、自由を奪うための処置をしておこう」

スノーは、009の両足を破壊する目的で、足首に過熱した銃を当てた。



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