written by みさやんさま




Everything i do is for you.
 〜闇に架ける虹〜



<5>



収容するためのハッチが上部にあるB・ファントムは、ドルフィン号よりも高度の低い場所を飛行していた。

誘導レーザーに捉えられたドルフィン号は、今や無抵抗のままにその黒い機体へと近付いていた。
009は、常に発砲できる状態にある熱いスノーの銃口を首筋に感じたまま、今の状態を切り抜ける策がないかを考えていた。
そんな009に、003から脳波通信が届く。

003 『ジョー、皆、そのまま動かないで聞いて。気象レーダーに乱気流だわ。たぶんこの先、ウィンドシアが発生する』
009 『ウィンドシア、利用できる?』
003 『とても危険だけど…』
009 『やってみる』
002 『009、操縦桿は俺が握っている、俺がやってみる』
004 『機体が降下したら、俺が男の注意をひく』
008 『その間に僕が、君の席に回りこんで、コックピットと002の操縦を守る』
005 『後方から、009を援護するから、009は、スノーを頼む』
009 『了解。皆、たぶんこの男は、加速装置を持っている。だけど、どうやってここに入り込んだのかが分からないんだ。
   僕達の想像を越える機能を、身体に備えているのかもしれない。だから、くれぐれも慎重に!』

スノーに勘づかれないように、表向きは冷静さを保ったまま、009達一同に緊張が走った。

『皆、構えて。風が来るわ!』

003からの通信とほぼ同時に風向きが激変した。
急激に変化した風速は、ブラック・ファントムとドルフィン号の機体を大きく揺らす。
その揺れが、一瞬だけスノーに隙を作った。
それを見計らった002は、スロットルを調整し、エンジン出力を全開にした。
002の操舵とほぼ同時に、009が加速装置で消えた。

「加速装置か?!」
スノーは、消えた009を探してコックピットで加速装置を使用しようとしたが、その瞬間、後方から瞬発力をつけて素早く跳躍した008の身体が、スノーの動きを封じた。

バランスを崩したスノーは、乱気流を利用した002の操縦によって、90度に傾きかけたコックピット内の壁に、身体を激しく打ちつけた。
008は、空いたメインコックピット席へ移動すると、即座にHUDのロックオン・サークルを立ち上げていた。
そして、下方のブラック・ファントムめがけて、戒心の一撃を撃ち込んだ。
攻撃を受けたブラック・ファントムの甲板で、煙が上がる。

「頼む!このまま舞い上がってくれ!!」

重くなっている操縦桿を握る002の叫び声と共に、機体はさらに傾き、そして180度の状態となり、スノーの身体は天井へと叩きつけられた。それを狙って004が、スノーの胴体めがけてマシンガンを高速連射した。
瞬時に避けたスノーだが、何発かは胴体に当たり、そこから白煙が上がる。

「何故、こんな場所で乱気流が!おのれっ、貴様ら!!」

「自然の道理に逆らったものを造るからだ!」
005が叫んだ。

009達による形成逆転を感じ取ったスノーは、コックピット内からの脱出を試みるが、009のスーパー・ガンが何度も阻止した。
天井や壁に、白兵戦での亀裂が出来はじめる。

(これ以上、ここでの戦闘は不可能だ。コックピットを破壊してしまう!)
009がそう思った瞬間である。

シュン―!と風を切る音と共に、003が座る席の窓ガラスが割れる音がした。

「キャーーー!」



フランソワーズ




ガラスの破片が003の頭上へと降り注ぎ、霙混じりの風がコックピット内へと一気に流れ込んだ。

「003ー!!」

コックピット内の全員が003の座席に注目するが、機体に入り込んだ風圧と霙が視界を悪くし、彼女の姿すら確認できない。

「計ったな、009!この際、003だけでも貰って行く!!」
「!!!」

ビュービューと風が入り込むコックピット内で、スノーの声だけが響いた。

「フランソワーズ!!!」

009が003の名を呼びながら救出に向かうが、それとほぼ同時にスノーは、破壊したコックピットの窓から空中へと脱出した。
空席になった003の座席。
003を連れ去られた009は、我を忘れそうになるくらいの思いで、割られた窓ガラスから機体の外へと、瞬時に飛び出していた。

外へと出た瞬間、強風で身体が吹き飛ばされそうになる。
もくもくと分厚い雲が広がり、天空には成層圏の世界が広がっていた。
大気圧で呼吸が苦しい。
足元が不安定な甲板の上、ここから落ちれば命の保障は無かったが、009は必死でスノーの姿を捜した。

だが、ドルフィン号の甲板には、すでにスノーの姿は無かった。

「どこに消えたんだ!!」

009は、003の盾となれなかった自分を激しく責めていた。


ここから、飛び降りたのだろうか?
だとしたら、003は?!


雲が視界を悪くし、下方を飛行しているはずのブラック・ファントムの姿を隠していた。

この時、失速を免れ平行飛行を取り戻したドルフィン号の高度は35000フィート、地上付近で失速しかけたブラック・ファントムは、揚力を取り戻し15000フィートの付近にいた。

あの男、ここから飛び降りても、ブラック・ファントムへと着艦できる身体なのか?!

敵の威力を見せつけられた状況に、009は固唾を呑んだが、ブラック・ファントムの姿が確認できていない現状に勘が働いた009は、ドルフィン号のウイングへと移動した。
下部に隠れ、飛び降りるタイミングを計っているのかもしれないと思ったからだ。

その時である。
ドルフィン号の下部と、バーティカル・フィン(垂直尾翼)、続けてスタビライザー(水平安定板)から、同時に炎が上がった。

「しまった!(翼をやられた!!)」

翼の一部を破壊され、水平飛行を維持するのが難しくなったドルフィン号は、強風の中ぐらぐらと不安定に機体を傾かせた。
これは、ブラック・ファントムからの攻撃ではなかった。
ドルフィン号のウイングから、空中へと目を凝らした009は、003を抱え空中へと飛び降りたスノーの姿を発見した。

雲の切れ間の遥か下方では、ブラック・ファントムの黒い機体が見え隠れしている。
やはりスノーは、ブラック・ファントムへと飛び降りるようだ。

『機体下部から火が出ている、消火作業を!翼も攻撃された!!』 
009は、コックピット内で攻撃態勢を整えているであろう仲間達へと、脳波通信を送った。

『翼は、俺が外に出てなんとかする!火のほうは004が!009、スノーは?!』
002がそう返答した。

『ここから飛び降りた!003も一緒だ!僕も追いかける!』
『でも追いかけるって、飛べないお前がどうやってだよ!!』
『僕も飛び降りる!』

『えっ!!』

『加速装置なら追いつける!』
そこで、009からの通信は途絶えた。

『009!!飛ぶなら俺が行く!』
高度計を見た002は、思わず操縦席から立ち上がった。

『この状況、009しか003を助けられない!』
破られた窓を応急処置しながら、005が答えた。


一刻も早く、003を救い出したい―。

加速装置をフルパワーまで上げた009は、ドルフィン号のウイングを足場に軽く蹴ると、臆することなく空へと一気に急降下した。

成層圏に近い対流圏の中、高速で飛行するドルフィン号から飛び降りた009の身体に、風圧が容赦なく襲いかかる。

超高速の風となった009の身体は、音速の速さで徐々にスノーとの距離を縮めていた。



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