written by みさやんさま
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Everything i do is for you.
〜闇に架ける虹〜
<4>
ヨーロッパアルプス上空。 ―ドルフィン号が終息を断つ一時間前。
煙草を吸いに、一時コックピット席から離れたジェットが操縦席に戻ってきた。
「ジェット、それ持ったまま戻って来たの?」
コックピット内での飲食を禁じているわけではないが、良好とはいえない空模様を懸念した面持ちのジョーが、そう話しかけた。
「すぐに飲み終わるから」
「こぼさないようにね」
「分かってるって」
ジェットは、操縦席のインアーム式の小さなテーブルにコーヒーカップを置くと、元の任務についた。
「ジョー、着陸ポイントまで、あとどれくらいだ?」
「約15分。でも、着陸条件に適してなかったら、他を探す」
「OK」
その時、突然、ドルフィン号が激しく揺れ、揚力を失った機体は、数メートル下にフリーウォール(急降下)した。その衝撃で、テーブル上のコーヒーカップがこぼれ、熱いコーヒーが操縦桿を握るジェットの腕と足へと降りかかった。
「おわっ!あちちち〜!!」
「ジェット、大丈夫かい?」
ジョーは、熱さで思わず座席から立ち上がったジェットに問いかけた。
「今のは、なんなんだ?!」
「たぶん、エアーポケットだ」
「エアーポケット?こんな場所でか?」
ジェットは、咄嗟に操縦席のレーダーへと視線をうつす。
「近辺には、いないだろ?」
「ああ、いないな…」
ジェットは、訝しげな表情でジョーを見た。
「002、サイボーグならそれくらいの熱さは我慢できるだろう?」
後部席のアルベルトは、どう見てもオーバーアクションをとったジェットに話しかけた。
「これでもさあ、意外とデリケートに出来てるんだぜ?」
「どこがだ?」
いつもの調子で、アルベルトが返答した。
「メンタルな部分」
ジェットは、彼特有の悪戯な笑顔でニッと微笑んだ。
ジョーは、フリーウォールしたドルフィン号の機体を元の高度へと戻しながら、さらにこの辺りの空域を飛行する飛行機の存在が有るのか無いのかを、広範囲が索的できる長距離レーダーの方でも確認した。
エアーポケットは地形によって生ずることが多く、そのため、ある程度の発生地点は予測が出来る。ただ一つ予測できないのは、時に飛行機が航路した後に発生するという場合だった。もともとこの辺りは、民間飛行機の航路には入っておらず、つまりは、民間ではない飛行物体が、ここを通過したということになる。やはり、この辺りにBGの基地が存在するのだろうか?
ドルフィン号が、今回の調査のために選んだ着陸ポイントとする目的地へと近付くにつれて、空中では雲の薄い部分と濃い部分が極端になってきていた。
雲の中を通り抜けるたびに、機体が揺れる振動が身体に伝わってくる。
やがて、雲の切れ間へと出たドルフィン号の前方に、突如として巨大な積乱雲の塊が現れた。
「なんだ、あれは?!」
ジョーは、ぎょっとしてフロントガラス一杯に見える、空に浮かぶ壁のような雲を見た。
ドルフィン号の目前。
成層圏に達するほどの、異常な大きさの幾つもの積乱雲が、団子状に繋がり横へと伸びている。
風の流れが一気に速くなり、僅か数秒の間に、雲がドルフィン号を取り囲むようにして繋がり、雲の輪の中にいるような状態へと追い込んだ。
「チッ!囲まれたぜ」
「風の流れが、不自然に速すぎるんだ」
ジョーは、手元のパネルにある計器類の情報を、すべてHUD(ヘッド アップ ディスプレイ)表示に切り替えると、重くなった操縦桿を握る手に力を込めた。
HUDのロックオン・サークル(照準装置)のサイドに情報が投影され、幾つもの文字が浮かび上がる。
「ジョー、エアーデーターに警報が出てるぜ」
「エアーデーターだけじゃないけどね」
「まあな」
地上には屹立する山々が広がり、高度を下げて雲自体を回避することは無理である。
雲の薄い後方へと引き返すか、前方へ突き進むしかない状態のドルフィン号は、空気ブレーキを利用し徐々に速度をおとした。
「ジェット、後方に回避しよう」
「いっそ、このまま突破しようぜ?」
「突破?積乱雲の中に入れば、雷が機体を浮かび上がらせてしまうよ?」
積乱雲の中では、雷が鳴り響いている。
現在、ステルス状態で飛行するドルフィン号にとって、雷の中を飛行するということは、姿を隠している意味が無くなってしまうということである。
「レーダー上は、ステルス状態には違いない。積乱雲の中で、誰かが肉眼で確認しない限り、ドルフィン号の姿は分からないぜ?それに、雲の中の雷については、ドルフィン号のスタティック・ディスチャージャー(放電装置)で、ある程度は大丈夫だと思うけどな」
「これだけ巨大な雲なのに、いまだレーダーに映っていない。雲の内部、それから距離さえも計測できないんだよ?」
「なんとかなるって」
「ジェット、どんな事態であれ、楽観視するとマズイ事になるぞ。それに、雲の中では景色が全く見えない。計器飛行以外に飛ぶ方法はない」
「だったら、アルベルトならどうするんだ?」
「回りこんで、もっと調べてから突入するだろうな」
「フランソワーズ、君の方は、雲の大きさや距離は分かる?」
フランソワーズは、積乱雲の中へと神経を集中させると、雲の中の透視を開始した。
「いま、眼を使ってみてるの。視えてくるまで、ちょっと待って…」
「頼むよ」
ジョーは、失速しない程度にドルフィン号のエンジンボリュームをさらに落とすと、空中でホバリングさせた。
強風で機体がグラグラと揺れはじめる。
「ジョー、雲の中に基地らしきものはないけれど、その距離は不明だわ。積乱雲が幾つも重なっていて、中は雷のトンネルのようになっているの。それが邪魔して、遠くまではっきりと視えてこない」
「どうする?ジョー」
「中に基地がないなら、速度を上げて警戒態勢で進もう。この先が基地かもしれない」
「今の所、計器類に異常はないようだね」後部席から、ピュンマが話しかけた。
「問題ない」
「だったら僕は、もしもの場合を考えてエンジンルームに移動する。コックピットは人数が足りてるからね」
言いながら、後部席のピュンマが座席から立ち上がった。
「了解、ピュンマ」
ジョーは、スタティック・ディスチャージャーの放電速度を最大にセットすると、機体が高速で飛行出来るように、エンジンをフルスロットルへと調整した。
「みんな、入るよ」
目の前に立ちはだかる積乱雲。
その中に滑りこむようして突入したドルフィン号の周囲を、あっという間に厚い雲が包みこんだ。
雷鳴がとどろく暗い雲の中では、激しい上昇気流と下降気流が同時に発生し、氷の塊が吹き荒れていた。
大粒の雨が、ドルフィン号の甲板を殴りつける。
雷が機体表面に幾つもの足跡を残し、フロントガラスに当たる雷は、青白い光の線となった。
雨、霙、雪等が衝突した機体表面には、静電気が生じていた。
放電装置があるにも関わらず、気象状態の厳しい雲の内部を飛行するドルフィン号の機体表面に蓄積された静電気は、やがてセントエルモの火と呼ばれる現象を起こした。
「これくらいで壊れるような、やわな機体じゃないんだぜ!」
ジェットがそう呟いた。
「それはそうだけど、強気なんだな、君は」
「ジョー、お前、弱気でどうすんの?」
「弱気じゃないよ、僕は」
「分かってるって、“009”」
ドルフィン号の甲板を何度も走りぬける雷の衝撃。
上下左右に大きく揺れるドルフィン号の不安定な機体を、ジョーとジェットが何度も操舵調整する。
分厚い雲と閃光で、肉眼では前方の確認が不可能の中、計器飛行を続けたドルフィン号は、やがて雲の出口へと近付きつつあった。
雷が弱くなり機体が安定しかけた頃、ピュンマがコックピットへと戻ってきた。
「分かってたことだけど、えらく揺れたね」
「エンジンダメージはどうだ?氷の塊を吸い込んでないか?」
後部席のジェロニモが問いかけた。
「アイシングによる被害は無い。回転数も問題ないよ。視界が最悪の状況でも、高度を上下させなかった、二人のパイロットの腕のおかげだね」
そう言いながらピュンマは、自分の席へと座った。
*
やがて、雲が薄くなり出口が見え始めたときのことである。
「雲の向こうに、ブラック・ファントムがいるわ!!」
遠隔透視を続けていた003が、突然、そう叫んだ。
「ブラック・ファントム?!」
コックピット内の全員が、HUDのサイドに表示されるレーダーを見ていたのだが、そこにブラック・ファントムの影は無かった。同じようにレーダーに投影されなかった積乱雲が、その存在を隠していたとしか考えられない。
積乱雲を抜けたドルフィン号の目前。
003が叫んだその僅か数秒の間に、空中に巨大な黒い機体が現れていた。
009と002は、機体を操舵しながら、HUDのロックオン・サークルを立ち上げていた。
パネルに浮かび上がったカーソルが、ブラック・ファントムの機体へと照準を合わせはじめる。
「一回り大きいぜ!」
「前方にブラック・ファントム、迎撃する」
その時である。
コクピット内に不気味な風が走りぬけた。
(この音は…、加速装置?!)
009がそう思った瞬間、聞いた事が無い男の低い声が、コクピット内に響き渡った。
「“後方”にも注意してはどうかね?009」