written by みさやんさま




Everything i do is for you.
 〜闇に架ける虹〜


<3>



「…アルヌールさん、もう一度言いますが…、フランソワーズは19歳のままです」

一通り、今までの経緯を話し終えたギルモアは、003と書かれた写真ファイルを閉じると、今度はリビングに飾ってあったメンバー達の写真を、ジャンの目の前に差し出した。

「これが、現在のフランソワーズ・アルヌールです…。この写真は、去年のクリスマスに撮影したものですが、先程、お話したように妹さんは現在、サイボーグ体であり、若い姿のままなのです」

(本当に、…あの頃の…ままだなんて……)
ジャンは、いまだ半信半疑のまま、全く歳をとっていない妹の写真を見つめる。
写真の中のフランソワーズは、小さなクリスマスツリーと、丸いケーキが置かれたテーブルの前に座り、40年前のあの頃と同じ笑顔で微笑んでいた。

「…この写真は、ドルフィン号という戦闘機内部で撮影したものです。
彼らが着ている赤い服は、防護服といって、防弾性と耐火性のある、スペースシャトル等に使用されているような、非常に強い繊維で出来ている」

続いてギルモアは、ドルフィン号の構造図をジャンの前に広げた。

「…お話ししたように、その写真に写っている他の8人も、全員サイボーグです。あなたの隣でミルクを飲んでいる赤ん坊は、001ことイワン・ウイスキー。そして、私の隣に座るのが、007こと、グレート・ブリテン。007、すまんが君の特殊能力を見せてくれんか?」

「はいはい、それではえ〜っと、例えばギルモア博士に変身しちゃったりして…」
グレートの身体は、軟体動物のようにぐにゃりとなり、やがてギルモアへと姿を変え出した。

「わわわわわ!!」

「アルヌールさん、どうじゃな?」
変身したグレートは、ギルモアそっくりの声で、ジャンに話しかけた。

「こんなことって?!!」
ジャンは、目の前に二人いるギルモアに目を丸くすると、驚きのあまり椅子から転げ落ちそうになった。

「…驚かれても無理はありません。彼らには、それぞれに戦闘をするための特殊な能力があります。私共は、地球の未来のために、そして世界の平和のために、その能力を活用し、チームワークと信頼という最大の武器を持ってして、先程お話した、ブラック・ゴーストという名の組織と、戦っている」

目の前での変身に驚き、高鳴った鼓動を静めるようにして深呼吸したジャンは、
「…若い頃、空軍にいましたが…、そんな秘密組織の事は聞いた事がなかった…」と答えた。

「ごく一部の人間しか、知らない組織です」

ブラック・ゴーストという言葉に、数分前のギルモアの説明を思い出したジャンは、青ざめた顔で、視線を写真に落とすと、独り言のように呟いた。
「…そんな毎日に身を置きながら、この写真の中では皆、微笑んでいるってのか…」

ギルモアは、危うい精神状態にいた頃の彼等を思い出しながら、ゆっくりとした口調でジャンに話しかけた。

「…もっとも、最初はそうではなかった。それぞれが苦しんでおりました。
…ですが、そんな辛い日々の中で、彼等に笑顔を戻したのは、他でもない彼等自身でした。私は、いつしか笑顔を見せるようになった、彼等に安心した。
日常と戦闘という両極端な日々の中、少しずつ自分らしさを取り戻しているように、僅かながらでも感じたからです…。
しかしながら、安心と同時にわしは…、自分の過去の行為に対して、非常に大きな憤りを感じました。彼等にこんな世界を背負わせてしまったのは、すべては、執刀した私のせい………、私は、先程もお話した通り、改造手術という取り返しのつかない罪をおかしたのです。非常に申し訳ないことをした。
…悔恨の思いであり、謝っても謝っても、全くもって謝り足りないのです」

そう話したギルモアは、懺悔するようにテーブルに額をつけた。
「………………」

自分が生きてきた40年の世界と、フランソワーズが生きてきた40年の世界。
それは、あまりにも違い過ぎた。
ジャンは、頭を下げている目の前のギルモアの後頭部を、無言で見つめていた。
ギルモアから聞いた話を、易々と受け止められたわけではないし、40年という歳月がジャンから怒りの感情を取り去ったわけでもない。
妹を誘拐したのはこの白髪の研究者ではなく、BGという強靭、凶悪な組織。
複雑な想いがジャンの中で渦巻く中、もしも妹がギルモアによって改造手術を行われなかったなら…?いま、この時間を生きていなかったかもしれない…。と、ふと自問自答する。
今となってはどうしようもない、妹の身に起きた不幸な事実については、目の前のギルモアを責めるのは相手が違う。
ジャンは、途方も無く大きく深い葛藤を知り、自然と深い溜息をついた。

やがて、テーブルを見つめたままのギルモアを見かねたグレートが口を開いた。

「…ギルモア博士、こう言っちゃあなんですけどね…、神様が我々を選んだ。オレはそう思うことにしたんですよ。そしてBGを倒すために、強く生まれ変わったってね。この身体は、BGと戦うための、いわば正義の剣なんです」

グレートは腕を剣と盾に変身させると、それを天へとかざした。
それを見ていたイワンは、グレートに賛同するように、手に持っていた哺乳瓶を天井へとかざして見せた。そんな、珍しいイワンの行動に、グレートがにっと微笑んだ。

「人間の欲望なんて消せやしない。BGは、そんな人間の様々な心理を利用して金儲けしてるわけだ。誰かが黒い悪魔と戦わなければ、BGという組織は滅亡しないですからね。
我々は、神に選ばれたんでしょうな…。
だけど、永遠に戦っているわけじゃないと信じてますからね。
俺は、この手に平和をつかんだら、またその時は役者に戻る予定ですから。でも、ただでは戻らないですぜ!今度は、ハリウッドも驚くような、どんな演技をもこなすトップスターという大きな夢があるんですよね!へへへ!」

グレートの話を聞きながらジャンは、テーブルの上の写真をもう一度手に取った。
さっきは妹の顔だけを見ていたが、今度はじっくりと男性達の一人一人を、その人生までも感じ取るような思いで、時間を掛けて眺めた。



集合写真




(この者達すべてが、それぞれ思い思いに現実世界と決別する決心をして、ギルモアさんと共に戦っている…)
ジャンは、フランソワーズの隣に写る、褐色の瞳が印象的な一人の青年に目を止めた。

(この青年、確かマドレーヌ寺院で…)
ジャンの脳裏に、“あの日の雨のマドレーヌ寺院”が思い出される。


「君、観光客かい?だったら、寺院の中は見とくべきだよ。…って、余計なお節介か…」
「あの、…僕なら、観光じゃありませんから。これから待ち合わせしてて…」
「そう、待ち合わせか。ところでフランス語、上手いなあ!!」




(彼もサイボーグ…、まるっきり、普通の人間だったじゃないか……)
テーブルの上に写真を置いたジャンは、
「私はたぶん、この青年とパリで会いましたよ。
…ギルモアさん、どうか、顔をあげてください。私も、妹の身に起きた現実を受け止め、その現実と戦っていかねばならない…」と答えた。

ジャンのその言葉に、ギルモアは顔を上げた。
「…ジョーとですか?実は、とある任務があり、フランソワーズと同行させておりました」
「ジョー?彼が、島村ジョー?では、フランソワーズと同じ航空チケットを持っていたのが彼だったのですね…」
「はい。島村ジョーは、戦闘中、009と呼んでおります」
「島村ジョー、009…」

「ジョーは、日本人だぜ」グレートが口を開いた。

フランソワーズの隣で、島村ジョーというその青年は、静かに微笑んでいた。
辛い苦しみばかりだとしたら、微笑む事など出来るのだろうか?
そして、逆境の中で笑顔をみせる彼等の強さ…。
ジャンは、ジョーを含め、写真にうつるサイボーグメンバーのそれぞれの微笑みの中に、唯一の救いがあるような気がした。

「…ギルモアさん、今のフランソワーズの前に、突然、今の僕が現れたら、その時、妹はどうなるのでしょう?40年まえじゃない、今の…」

「……それは…」
ジャンは、言葉に詰まるギルモアの返事を待たずに話し出す。
もともと、心の中にあった呟きが声になって出たものだったからだ。

「…私は、もともとは戦闘機の、空軍のパイロットでした。ですが、その仕事をしながら妹を捜すことには、現実的に考えて限界があった。それで、世界の国々へ出掛けられる、国際線のパイロットに転職したんです。勤務スケジュールも、ある程度は要望を聞いてもらえますし…。
私は、出掛けた国々で、何の手がかりもないまま、ただがむしゃらに、妹の行方を捜し続けていた。その40年の歳月に、命の危険は伴わなかった。だけど、私の知らない世界でフランソワーズは、日々、戦っていた…。…今日、妹は、ここに戻らないのですよね?先ほど、ヨーロッパの方へ偵察に出掛けているとお伺いしましたしね」

「…ええ、残念ですが…、今日は戻れないと思います。フランソワーズにとって、大切な人が訪ねて来てくださっておるのに…、非常に申し訳ない」

「…まさか、こんなことになっているとは思わず、それに、私も突然でしたから。…とりあえず、今日はもうホテルに戻ります」
「…あの、ではフランソワーズが戻り次第、ご連絡を差し上げたい。宿泊先を教えて下さりませんか?」
ギルモアは、メモ用紙とペンをジャンの前に差し出した。

「分かりました」

宿泊先を書きこんだジャンは、
「……四日後、パリ行きのフライトで、フランスへと戻ります。それまでにフランソワーズがこちらに帰らない場合…、今日、私がここを訪ねて来た事は、場合によっては、ギルモアさん、このままあなたの胸にしまっておいてくださっても結構です…」と言った。

「そ、それはいけません!フランソワーズは、今すぐにでも、あなたに会うべきなのですから!わしの胸にしまうなどとは、絶対にいけないことです!」
ギルモアは、予想だにしなかったジャンの発言に驚き、そして否定した。

「……すでにお話したように、私は昔、軍の戦闘機乗りだった人間です。世界には様々な裏組織が存在するのは分かっているつもりです。ここで聞いた秘密は守ります。何故私が、場合によっては…と、あえて言うのか。それは、フランソワーズの“今”は、ギルモアさん、あなたの方が御存知だからです…」

「それは……、そうだとしても、しかし!」

「フランソワーズは…、昔から戦争映画さえも見れないような子でした。そんな妹が、自らの身体を犠牲にして、現実と闘っている…。そうなるまでの過程では、並大抵の精神状態では越えられないような努力と、そして決心があったに違いない。そんな妹が、…命をかけて戦闘しているのに、私が目の前に現れたら、現状に迷いが生じてしまうかもしれない…。
場合によっては、忘れたままの方が、現実を生きられるということだって、あるんです」

―場合によっては、忘れたままの方が、現実を生きられる
長い人生の中で、そういうことが起きることは、確かに有りえる。
しかし、折角、出会えた偶然の奇跡の結末がそれでは、あまりにも悲しすぎるではないか。
ギルモアは、意を決したように話し出した。

「わしは、フランソワーズが望むならば、いつでも戦闘を辞めさすつもりで、ずっと生きておりました。ですからアルヌールさん、いつでもフランソワーズを連れて帰って下さい、わしの胸にしまいこんで、今日の出来事を話さないなどとは、アルヌールさんの頼みでも聞けませんのじゃ」

「…この写真に写っている仲間達は、フランソワーズが抜けたらどうなるのですか?ギルモアさんのお話を聞く限り、私の妹は彼らの命を守るということにおいて、かなり重要なポジションにいると感じる。その妹が抜けたら、妹の変わりは、いるのですか?フランソワーズは、自ら選んで決心して、あなた方と一緒にいるはずだ。…だから、だから…、迷ってはいけない!」

「……しかし…それでは……」

「ギルモアさん…、今のあなたは、戦闘させるために新しく誰かを改造なんて出来るはずはない。これまでのお話と、あなたの態度で、私はそれを察しています」

「…アルヌールさん、どうか、どうか御自身の想いを、閉じ込めてしまうような、そんな無理はしないで頂きたい。フランソワーズの心のうちは、肉親であるあなたが最も分かるはず。でしたら、フランソワーズもまた、この40年、あなたにずっと逢いたがっていたということは、お分かりになっているはずです。……申し訳ありません。
わしがこんなことを言える立場ではないのは、充分に承知しておるのですが…、どうか…、 どうか!!わしらに配慮して…、というような、そんな無理はしないで頂きたいのです」

「…………」
ジャンは、首からシルバーのネックレスを外すと、テーブルへとそっと置いた。

「これは、ずっと私が首から下げていたネックレスです。一緒に暮らしていた頃、フランソワーズは何度もみたことがあると思うから、覚えていると思います。
…ギルモアさんがそう仰るならば、僕の事を話す時に、妹にこれを渡してください。…それから、パリの家の住所も書き残しておきます。…現在は、結婚しています。妻は、妹を捜し続けた40年の歳月も、今回のフライト先での目的についても、すべて知っている。妹に起きた事実も、きっとその胸にしまっておいてくれる…、妻は、信頼のおける女性です」

ジャンは、力強い瞳で真っ直ぐにギルモアを見つめた。
「…私の方は、妹を受け入れる準備はいつだって整っています。フランソワーズが望むならば、いつでも安心して、パリへ帰ってきても構わない。本当は…、今すぐにでも帰ってきても構わないんです。
私の思いをお伝えするならば、出来れば、連れて帰りたいです…」

「…アルヌールさん…」
ギルモアは、ジャンの心の声が聞けたことに安堵した。

「…子供の頃からずっと、妹と二人で暮らして来ました。フランソワーズはどんな身体になったって、たった一人の血の繋がった、大切な、大切な“俺”の家族です。
だから、妹の帰る場所は、いつだってある。それは、家族である“俺”のところです」

隣の椅子で、ジャンの姿をずっと見上げていたイワンの頭を、数回優しく撫でたジャンは、堪え切れなくなった大粒の涙を落とした。

「…フランソワーズ、もっと早く、お前を見つけていたら……。
…最初は、あなた方の話しに驚き、半信半疑でした。しかし…、あなた方が嘘をついているとは思えない。この世界にある、様々な命を救うために妹は戦っている。…こんな小さな赤ちゃんの君もね…」

ジャンの、複雑な想いが混じった涙の雫が、テーブルと服の上を濡らした。




***



ジャンが帰って数時間後。

ギルモアは、オレンジ色になった空の下で、キラキラと光り輝く海を眺めていた。
「…どうすんの、博士?」
グレートの呼びかけに、ギルモアが振り向いた。

「…グレート、わしは、フランソワーズが帰ったら、アルヌールさんのことをすぐに話そうと思う。それであの子が、わし達の元を今すぐに離れても、わしは一向に構わん」

夕日を見るギルモアの肩を、グレートがそっと支えた。

「我輩も、そう思いますよ。そうなったら、フランソワーズとは、いずれ決別を…、決別を覚悟しなくては、なりませんね…。今日の夕日は、美しくもあり、哀しくもある…」

ギルモアは頷く。
「神は、天から全世界を見ておる。BGという悪魔が引き離した家族の想いは、念となってこの世界を巡り、いずれ兄と妹が出会うのは、運命なんじゃ」

フランスにはローラン親子がおる。場合によっては、フランソワーズのメンテナンスも可能じゃ。
そして、もしも僅かの確立でビル君の研究が成功したならば、フランソワーズの人工の部分を…。……いや、今度のメンテナンスで、あの子の目と耳を、“通常の視聴覚”に戻すほうが、 …先じゃな。



***

同時刻、地下の研究所に突然、酷い雑音混じりの声が鳴り響いていた。

「……ヨーロッパアルプス、……地点…連絡?…おわーーっ!!…マジやべ〜〜!!………アンコントローラブル!!…胴体着陸…失速…………」

「へ?!こちら研究所アル、002、何が起きたアル!002?!
一人、地下のコンピュータールームで、レーダーの監視を続けていた006は、ドルフィン号への連絡用ボタンのボリュームを最大にしてそう問いかけた。

「……008…パワー上げろ!!…、墜落するぞ!!……」

「004、006アルよ〜!いったいどうしたアル?!」006が、問いかける。

「…004…戻らない!!…高度……」

「008、聞こえるアルか??008!004!」
一方的に入って来る無線。
その様子から、006の声がドルフィン号には届いていないことが分かる。
何かの弾みで、ドルフィン号の無線のスイッチが入ったようではあるが、このやり取りは?!

ガーーーーーーッ!!!ドドドドド!!!

地下の研究所に、酷いノイズ音と何かが爆発するような音が突然響き、そして、ドルフィン号からの無線は途絶えた。

………――――。

「ほげ?!ギ、ギルモア博士〜〜〜〜!大変アル〜〜!」
006は、リビングへと続く階段を駆け上った。

「ドルフィン号がレーダーから消えたアル!連絡がつかないアル〜〜!!」
「なんじゃと!?」
「それがおかしいアル!戦闘空域にいたわけではないのに、突然、墜落したアルよ〜!ジェットが、アンコントローラブルって叫んでいたアルね!!!」

「墜落?!」

ここ最近、気象状態がおかしくなったヨーロッパアルプス上空の視察へと出掛けたドルフィン号だが、気象状況の変化は、やはりBGの仕業だったのだろうか?



←back / next→