written by みさやんさま




Everything i do is for you.
 〜闇に架ける虹〜



<11>



夜明け前――。
霧が立ちこめる中、雪中のドルフィン号は、前日とはうってかわって勢いのある熱量を取り戻していた。
甦ったエンジンは、生き生きとその回転速度を増し空へと飛び立つ準備に入る。
平地が少ない雪山の斜面を、滑走路のように加速したドルフィン号は、しなやかな翼で、まだ薄暗い空へと飛び立った。


***



夜明け




上空4000メートル。
009と003が落下したと思われる頂上付近を捜索する002は、前後左右から吹く強い風に自身が流されないように、両足のジェット噴射で器用に空中に身体を立たせていた。
汚れのない新鮮な風を受けて、002の首に巻かれた黄色いマフラーが空中になびく。

空中で見る夜明け前の空は、青からオレンジ色のグラデーションに染まり、地上では、昼間の光を蓄えたかのように青白い雪が、やがて来る朝の訪れを知らせつつあった。
足元に見える地上へ向かい高度を下げた002は、眼下に広がる白銀の世界の上空をゆっくりと飛行する。
岩と雪だけの上空を飛行しながら、002は山頂付近へと移動した。

「クラック?」

奇妙な亀裂(クラック)を発見した002は、腕の無線機でドルフィン号へと連絡と取った。


「こちらドルフィン号、002、どうしたんだい?」
「二人が見つかったわけじゃないんだが…、山頂に不自然な割れ目を発見した。ちょっと中を見てくる」
「了解した。現在位置は、××ポイント。こちらも009達の姿は発見していない。これから004が、トルドーで山の裏側へ飛ぶ予定だ。002、亀裂内でのジェットエンジンによる温度変化には、くれぐれも気をつけて!」
「008、了解!」


002は、足のジェット噴射の出力を弱くすると、眼下に見える氷の割れ目へ、ゆっくりと下降した。
下降するにつれ空気の流れが止まり、気温がどんどん下がって行く。
002は、徐々に遠くなる空を時折見上げては、狭い氷の壁の中に閉じ込められそうになる悪い想像を取り払った。
やがて太陽の光が届かなくなり、辺りが真っ暗になった。そこで携帯用のライトをつけたのだが、やはり底はまだ見えてこない。
呼吸するたびに肺に流れ込む冷気は、氷の粒を体内に撒き散らしているかのように、身体からどんどん熱を奪って行くのが分かった。

「…気味の悪い場所だぜ。ん?なんだ?」

真っ暗な底を見る002の視界―
その数メートル下で、ライトの光に反射して何かが光った。
その反射が何かを確かめるように、さらにゆっくりと下降した002は、氷壁から突き出ている細い棒らしきものを見つけた。その細い棒は、中が空洞になっている。

「…ただの鉄パイプか?」

周辺をさらによく見ると、氷壁の中に数本、同じような形状の棒が見える。

「鋼管?」

…これって!人工骨じゃねえのか?!

人工骨。サイボーグの骨格だ。
002は、氷壁の奥に向けてライトの光をMAXにした。
そしてその明かりを、左右前後に移動させる。
すると氷中には、機械の部品らしきものが無数に散らばっていた。

「なんだこの場所!!」

心拍数が上がったまま、一気に底まで下降した002は、着陸できそうな場所を選びそっと降り立つと、足元に散らばる部品を拾い上げた。底には、粉々になったまだ新しそうな部品も散らばっている。
009と003の二人を捜索している手前、どうしても悪い想像はつきものだ。
002は、身体中から一気に冷や汗が出てきたのを感じた。

「まさかこの中…、いや!!そんなの無しだぜ?!」

手に持った金属の欠片を、研究所で見た事がある部品かどうかを確認するように、じっくりと眺めた002は、
「あ〜〜っ!!駄目だって!!なに悪い方に考えてるんだ、俺!」
と呟くと、点のように見える空を見上げ、氷壁を一気に空へと舞い上がった。
そして、無線機でドルフィン号のコックピットを呼んだ。


「008、トルドーに連絡とってくれ、山に詳しい004を頼む!!俺のとこまで至急飛んで来てくれって!!004に、山の様子を見てもらいたいんだ!!」
「了解、今、004に君の現在位置と山の座標を送信してる。OK!……004から連絡が来た、30秒でそちらに向かうとのことだ」
「分かった!」
「何かあったのかい?002」
「中で、妙な物を見つけたんだ。008、今からこの回線は、トルドーにも繋げてくれ!」
「分かった」

―――――。


***


山頂の状況を調べるようにして、ゆっくりと旋回するトルドーのコクピットの窓ガラスを、002が数回ノックした。
004は、コクピットのハッチを開けた。

「004、なにか分かるか?」
「こいつは、雪崩が起きた後かもしれんな」
「雪崩?!」
「見ろ。至る場所に雪庇(せっぴ)が見えるだろう。その上、この辺りは木々も無い。大きな雪崩が置きやすい場所だ。おそらく、山の中腹まで届くような大規模なものだっただろう。自然に発生した可能性も大だが、爆発による地上の振動も考えられる」

「爆発って、昨日の基地のか?」
「ああ、基地や、ブラック・ファントムの破壊だ」
「だったら、俺がクラックの中で見た、たくさんの機械の部品はどう思う?009や003じゃないよな!?」
002は、手の中に握っていたネジや、砕けた金属の欠片を004に見せた。

「…………」004は、その金属を手に取って眺めた。

「違うよな?」

「この部品は、009や003ではない」

「だよなあ!!あいつらが負けるわけねえよな!やれやれ、ほっとしたぜ」
002は、004からの返事に、間髪を容れずにそう返答した。

「009達の物ではないが、まだ新しいようだ。この辺りで戦闘があったか、もしくは、こいつがあった辺りは……」
「辺りは?」

「BGの廃棄場かもしれんな。とにかく、この辺りを中心に探そう。002は低空飛行で山を旋回するように探し、昨日の基地周辺にも飛んでくれないか?もし009が、昨日の爆発を確認しており、身体的に動ける状態ならば、ドルフィン号と連絡をとるために、そこを利用するかもしれん。俺の方は、このまま山肌を下降してみよう」

002が再び空へと飛び立つ後ろ姿を見ながら004は、現状を知らせるために、ドルフィン号へと連絡を取った。



***




一時間くらい、眠っていたのだろうか?


暖炉の薪が、半分以上灰になった頃、バラバラとプロペラが回転するような音で目を覚ました003は、ソファーから起き上がった。

「誰?!」

プロペラの振動で、皿等が床に落ち酷い音を立てて割れる中、003は、009のスーパー・ガンをホルスターから抜くと、「眼」を使って上空を視た。だが、視界がぼやけて眼の機能が上手く作動せず、山小屋の天井しか見えてこない。
スーパー・ガンを握ったまま003は、ソファーから両足を下ろすと、その場に立ち上がった。瞬間、室内が歪んで見え目眩がした003は、その場に倒れてしまった。

薄く白い膜がはっているようにしか見えない世界。
いったい、自分の視力はどうなってしまったのか?
やがてプロペラの音が止み、ざくざくと雪の上を歩く足音が、003の耳に聴こえてきた。
その足音が扉の前で止まった。
この足音は誰なのだろう?
床を這うようにしてソファーの後ろへと移動した003は、そこに身を隠すと、銃の照準をなんとか扉の方へと合わせ、息を殺した。
やがて山小屋の扉が、外からそっと開けられ、光が室内を照らした。

「動くな!!」

何年も未使用であろう古小屋であるのに、室内の空気が新しいことに、人の気配を感じた004は、室内へとスーパーガンを向けたまま、そう言った。

「004なの?!」
「ん?……003か?」

004は、銃口を下ろすと、声がするほうへと近付いた。
ソファーの後ろで、倒れていた003を見つけた004は、その身体を起こした。

「脅かしてすまなかった。大丈夫か?」
「ええ、でも、困った事に自力で動けなくて…」
山小屋へと入って来たのが、004だったことに003は安堵した。

「怪我は?ないのか?」

しばらく003の顔色を見ていた004だが、やがて視線は、003の手に握られたマフラーへと移動していた。そこには、血痕が付着していた。
004は、003の身体を支えたまま室内を見渡した。
荒らされた形跡はなく、古びた暖炉には、燃え尽きて灰になった薪が見えた。その量からして、一晩、二人がこの場所で身体を休めていた事が容易に判った。マフラーの血痕は、別の場所での戦闘によるものなのだろう。
この状況で急務を要することを想像するならば、暖炉の前の床の変色した血痕。
つまり、009が何らかの状態で身体的に傷を受けたまま、ここから移動したことが考えられる。

「状況は分かった。009は?」
「まだ、一緒じゃないのね…」
003は、不安に曇る瞳で004を見ていた。

「ああ…、やはりそういうことか。傷がある身体で、ジョーはここから移動したんだな?」
「…ええ」

004は、スーパー・ガンをホルスターへと納めると、003の身体を抱きかかえてトルドーへと走った。
その時、トルドーのコックピット内で、ドルフィン号からの受信を知らせるランプが点滅した。003をトルドーのシートへと、急いで座らせた004は、すぐに受信スイッチを押した。同時に、ドルフィン号の現在位置がコックピットのパネルに映し出された。


「こちら004」
「002だ。009を発見してドルフィンに戻って来たんだが…」
「発見場所は?」
「予想的中、破壊したBGの基地の辺り」
「了解。実はこちらも、003と合流済だ。今は山小屋の前にいる」
「おお、それは良かったぜ!!ところで、003に怪我は?」
「特別、目立った外傷は無いようだが、今は、自力では歩行不可能だ。とにかく今からドルフィン号へ向かう。この距離なら7分で合流可能だ。その後、ギルモア博士に連絡はついたのか?」

004は、無線で話しながらトルドーのエンジンを入れると、ドルフィン号へと向かい飛び立った。

「ああ。今、ギルモア博士は、医務室に…」
「博士が医務室?」
「遠隔手術っての?008に指示を出してる」

「どういうことだ?」

「009の意識が無い。バイタルサインが不安定なんだ。未処置だと、日本に着いた頃には、脳が機能しなくなる可能性があるらしい」

「なんだって?!」
「人工血流の不足による、脳内の酸素障害だ」

「008で、処置が出来るのか?!」
「簡単に言えば、故障箇所の管を交換して、人工血液が体内を循環するようにすれば良いんだ。博士がいないんだから、一か八か、俺達でなんとかするしか方法は無い。あとは、点滴つなげたまま、博士のとこに運べば、なんとかなるって話しなんだ。とにかく、いまここにいるメンバーで、最も手先が器用だったのは、008、俺達は、ピュンマを信じるしかない」

「分かった」
「俺は、日本に向けて速度上げるから、トルドーで追いついてくれ」
「了解、すぐに追いつく」



無線を切ると同時に004は、トルドーのエンジン出力を全開にした。
その瞬間、コックピット内の気圧が僅かに変化した。

「003、圧力が大きくなるが、少しの間だけだ。気分が悪くなったら、言ってくれよ?」

トルドーは、風を切るように速度を上げた。コックピットのパネルに映し出されている目標点(ドルフィン号)との距離が徐々に近付く。
004の隣のシートでは、009の身を案じる003が祈るように手を合わせていた。

「……私も、執刀できれば」

普段から、ギルモアの手術を補佐することの多い003は、自然とそう呟いた。
その手の中のマフラーにふと視線を移した004は、フッと微笑んだ。

「一先ず、これで全員が揃った。そんな顔するな。俺達は、どんな酷い状態であれ、簡単には死なない。博士の処置を補佐しているお前さんなら、それは良く知っているはずだろう?」

「…血液の管の損傷が一箇所であれば良いのだけど…。…あの時、009が出て行くのを止めていれば…。004、ドルフィン号に着いたら、私を008の隣へ。私も何か手伝わせて」

「………」
何も返答しない004に、003は言葉を繋いだ。

「お願い…」 と―。

「003、お前さんに頼みがある」
「…なに?」

「今は、自分の身体を正常に戻す事の方が先だ。さっきから時折、両目をこすっているようだが、もしかして視界がおかしいんじゃないのか?そんな状態で、008の補佐は出来ない。ドルフィン号に着いたら、自分の治療の方が先だ。分かるな?」

「…でも、」

「付け加えるなら、お前さんの気持ちは解るが、気持ちと身体は、常に同じ条件で動けるわけではない」

「……分かったわ」

この時、コックピットから見える前方の空には、機体収容ハッチを開けたドルフィン号の姿が見えていた。



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