「Give me a little smile」
written by みさやんさま






深海を進むドルフィン号



<3>

「よくこんな環境で生きていられるアル!」

「熱水湧出孔、猛毒(硫化水素)の原始の海さ」
008がコクピットに響く声でそう返答した。

「猛毒だって?!;;;;;」
007がぎょっとした表情で、メインパネルに映し出されている左右の湧出口を見た。

「うむ…」
005は映像パネルの一部をクローズアップさせた。

「彼らは、体内で硫化水素をエネルギーに変えられるんだ。
だからこんな過酷な環境でも生息出来る。最も昔、本で読んだ知識なんだけどね」
操縦桿を握る008がそう答えた。

「すべての生命は環境に適合するようにDNAを変化させてきた。
過酷な環境でも生き残れるようにプログラムされた遺伝子は子孫を残す度に強くなる」

「なるほどな〜。人間が生き残ったのだって、遺伝子操作をして姿・形を変えてきたからだからな…」

「その太古の海の一部を我々は今、目前にしているアルか、それにしても海底に吐き出す煙。凄い迫力アル!」

「もしかしてBGは、この海底火山を利用して悪さしようとしていたんじゃないかしら?もし地球のマントルに向かって、海底からミサイルを打ち込まれたら…。大変なことになるわ…」

003は海底用のソナーを見ながら強張った表情でそう答えた。

「海溝の下ではマントルが対流しているからね。海底火山群を破壊して津波や地震で世界中を瞬時にパニックに落としいれる…という可能性も考えられる。深海は人類にとって、まだまだ未知なる領域だから、そこに密かに手を加える事はBGの技術レベルなら可能だろうね。表向きは自然災害のように見せかけて…か」
009がそう返答し、二人の言葉にコクピットは静まり返った。

「どっちにしてもBGならやりかねない、恐ろしいことだぜ」
007は沈黙を掻き消すように発言した。

「アフリカの村でBGは石油天然ガスを利用して何か企んでいた。もしかすると今度は海底資源を狙っているのかもしれない」
008が前方の黒煙を見ながらそう答えた。

「海底資源?それって海底石油とか、メタン・ハイドレートとかかい?」
「あと、微量だけど、金や銀も取れるらしいわよ」
「003、詳しいね」
「違うの、009。私も本で読んだだけよ」

「海底火山への攻撃以外にも、そういう資源をBGが狙って調査している可能性も多分に考えられるね…」
009と003の会話に008が入り込んだ。

「うん、そうだね。どちらにしろ不穏な動きは封じておかないと…」
009はアフリカのあの村の事を思い出していた。

「鉱石と言えば、未知の可能性を含むダイヤモンドだって火山活動と深く関わりがあるからな。
海底にも火山があるなら、海底火山ダイヤモンドだってあるかもな」

「どちらにしろ、美しいものと怖いものは表裏一体アル。BGは利益の追求には手段を選ばないアル…」
006と007が会話に追い風を与えるようにそう答えた。

「今の所、BGの足跡は見つからないけど、さっきの放射能量のこともあるし、念のため、この辺りに海底調査用のブラックボックスを埋め込むことにしよう。もしBGがこの辺りで不審な動きをしたら、このBOXが僕達にデーターを送信して知らせてくれる」

「008、それはすぐに連絡が来るのかしら?此処は深海だし、日本までも遠いわ」

「最も僕達が此処から離れると、多少は受信に時間がかかるけど、それでも1分だ。何もしないよりはマシだと思う」

「そうね」
「009、ホバリングよろしく!」
「了解、008」

009は器用にドルフィン号の状態を水平に保つと、機体を海中に停止させた。

「009、凄いアルね!!」

006が、その安定したホバリング技術に感嘆の声を漏らした。
008は、海底作業用の四本のアームを慎重に操作すると、調査用の耐熱・耐圧BOXを海底の砂の中に器用に埋め込んだ。
数分後、作業を終えた008に009が話しかけた。

「この先も調査を続けるかい?」

009はジャイロコンパスに視線を落とした後、操縦席のソナーで海底地形を確かめていた。

「調査BOXは無事に埋め込まれたことだし、ソナーに怪しい影もない。003、怪しいスクリュー音とか聞こえる?」

003は瞳を閉じると、聴覚に神経を集中させた。

「なにも…。私の方も人工的な怪しい音は、聞こえないわ」
「了解。009、後はBOXに任せて、僕達は深度を上げよう」

「了解。丁度、左舷前方に抜けれそうな場所があるんだ」


***



ドルフィン号は、長く続く海溝を途中で抜けると、両面に聳え立つ岩のトンネルのような場所に入った。

光が届かない黒い暗黒の海から、ダークブルーの海へ――――。
中深層に届く太陽の光が、海の色を変え、それがトンネルの出口を教えていた。
数時間の深海潜行を終え、もうすぐ光の下へ出れる。



ドルフィン号が、トンネル状の岩場から出た瞬間、広域を確認できる特殊ソナーを見ていた、張々湖が叫んだ。

「009、左舷前方上部、距離2400に、潜航中の潜水艦アル!」
「操縦桿ソナーにも影が映ってる。006、形状は?」

009の問いかけに、006はタッチパネルを操作し、目的物を画像変換した。
高性能ソナーが、瞬時に潜水艦の外部形状をメインパネルに映し出す。

「tear drop(型)。潜水艦データ無し。潜行速度15ノット、魚雷発射口なし。民間の潜水艦?BGの戦闘用潜水艦ではない?
…009、アクティブ・ソナーに切り替えて相手の反応をみるアルか?」

魚雷発射口がないことに安心した、006がそう提案した。

「006、このままパッシブ・ソナーで。民間の潜水艦ではないようだ。それに戦闘向きではないだけかも」
BGの可能性がゼロではないことに警戒した009が、そう指示を出した。

「そうね〜、了解アル」
「003、内部は見える?」
「たぶん甲版から…何か特殊な電波が出ていて、私には内部の機械構造が透視できないわ。だけど、中に人影はないようなの…。
それだけしか視えない…」
003が、首を左右に振りながらそう答えた。

「警戒態勢で距離を取りながら近付いて、調べたほうが良さそうだ。バッフルで近付く。魚雷発射口は閉鎖したまま、上部垂直魚雷、3番、4番、安全バー解除して」
009は警戒態勢のまま、謎の潜水艦に近付くため、念の為、砲撃設定を行った。
※バッフル…潜水艦の後ろのスクリューの泡に隠れる

「了解。魚雷安全バー解除確認」
008は、ドルフィン号を謎の潜水艦のスクリューの泡の影に隠れるように、舵をとり、速度調整した。
パネルには潜水艦が映っている。
「小型の潜水艦だな。いくらバッフルでも僕達の影に気が付かないなんて」

「うーん、やはりデータがないアル。BGの新型アルか?」
ドルフィン号のメインコンピューターには、様々なデーターが記憶されている。
BLACK FILEを元に、タッチパネル上で形状からBGの潜水艦リストを、さらに詳しく調査していた006が009にそう返答した。

「009、ちょっと揺さぶってみる。前方潜水艦、船底に艦(ふね)を移動する」
「了解」


―――――。


「なんにも攻撃して来ないアル」


「こちらの動きに気がついているという気配も感じないわ。と、言っても近付いて潜水艦の内部が視えた訳ではないのだけれど…」
003は、再び透視を試みていた。
「やはり、無人のようだわ」

速度は15ノットのまま、スクリュー音も変えずに潜航している潜水艦。
その船底を尾行するような形でドルフィン号は潜航していた。

「うーむ!沈黙の潜水艦か…」
007は腕を組みながらパネルに写る艦を睨みつけていた。顔は某映画俳優に変化させている。
「それは沈黙の戦艦アル。わては観てないけどね」
・・・・・・・;;;;;。
緊張した空気と共に一瞬、コクピットに間の抜けたような風が吹いた。
「失礼!!」
007が一言呟く。
「うむ…」
005が気をきかせて一応頷くなか、008が席を立った。

「今の内に調べておくか、それとも潜水艦に「親」まで案内してもらうか…」
「上手い具合に合流するアルか?」
「そうだね。いつ「親」に遭うのか、もしかすると無人のまま、この辺りに放置されているのかもしれないし…。
それから、ドルフィン号のエネルギー残量の事を考えると、あまり時間をかけてはいられないね」

「009、そうなら、決まりだ。取りあえず、ここは海中に適した僕に任せてくれ。BGのものかどうか識別がつかない以上は、一方的に破壊は出来ないし、直接乗り込んで調べてくる。006、替わりに僕の席を任せて良いかい?」
「ほいきた!」
006は後部の特殊ソナーがある席を離れた。

「008、内部が透視できない以上、普通の潜水艦ではないわ。一人で行くのは危険だわ」
「僕も行くよ。003、僕の替わりに操縦席(メイン・パイロット席)に就いて」
「009、分かったわ。007、後部席の任務をお願い」

009は、003に声を掛けると、003が007に任務を引き継いでいる僅かの間に、008の席に移動した006に囁いた。
「006、003をよろしく」
「ほいほい、了解アル」

後部席では007が目の前のタッチパネルを操り、003と006が就いていた席をOFFに切り替え、二つの席すべての機能を自分の席に集中させる操作を行っていた。

「二人とも気をつけて」
出口付近に立つ008と009に、メイン操縦席に座った003が、振り向いてそう声をかけた。



***



すべての音のない世界――――。

淡い太陽光が差し込むグランブルー色の海中―――。



深い青に身を投げ出した二人は、頭上の潜水艦を見上げると、艦上部にある出入口用のハッチを開け、ホルスターからスーパーガンを抜き、素早く内部へ侵入した。





ジョー、ピュンマ





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