「Give me a little smile」
written by みさやんさま
<2>
研究所を飛び立って数時間後―――
ある程度、深海探索が出来るように改良されたサブマリンモードのドルフィン号は、マリアナ海溝付近の海底の砂地に停泊していた。
昼間の太陽光線が海中に差し込み、砂地に波の模様がゆらゆらと揺れている。
コクピットの窓から見える濃いエメラルドグリーンの海には、 小さな熱帯魚が数匹、その窓ガラスに添って、ゆらゆらと泳いでいる姿が見えていた。
「009、魚の数が少ないと思わないか?」
「うん。やはり博士が言うように何かあったみたいだね。この辺り、放射能の数値が高いや」
008(ピュンマ)が渋い表情で海中を見つめる横で、009(島村ジョー)は、ドルフィン号の放射能計測装置を観測しながらそう答えた。
「間違いないね。この辺りで数日前に何かの爆発があったと思う。 でも戦闘ではなさそうだけど…、BGが何か企んでいてそれで爆発を起こした可能性が高いよね。
それから、データが表す数値の事もあるけど、あの魚達は、もともと此処に住んでいた種類ではなさそうだ。今、目の前で泳ぐ魚の中に、もともと此処に生息していたやつは、一匹もいないだろう」
「回遊魚ってこと?」
「そんなに遠くを移動する種類ではないと思うけどね」
「どうする?」
009は計測装置から目を離すと、008の横顔を見た。
「少し場所を変えて、もう少し探ってみよう。BGの「足跡」が何か見つかるかもしれない」
「了解。メインエンジン始動。発進する」
009は操縦桿を握るとドルフィン号を潜航させた。
*
「008、この先前方に、海溝がある。ドルフィン号の現在の安全潜行深度は水深3500、それより下がると水圧が心配だけど、どうする?」
「そうだね。ドルフィン号は、無人潜水艦ではないし、それに今回はBGの痕跡がないかの調査だからね」
009は水深計をチラリと見た。深度3500から深度4000の間はイエローゾーンだった。
4000までは、装甲板が守ったとしても、それより下がると圧壊の危険がある。 深度計は5000までを示していたが、4000から5000はレッドゾーンである。
この大きさの戦闘用・有人潜水艦で、いまの設備環境ではほぼ潰れるだろう。 そして何よりドルフィン号の深海への潜水は、これが本番なのだ。 戦闘中でもないのに無理な行動は禁物である。
「008、今の所、ソナーに怪しい影はない。取り合えず、3500までテストしておこうか?」
「了解。300気圧の暗闇の世界を海底地形を観測しながら進む…か、ふーぅ、抜けれなくなるとマズイね」
「008、分かってるよ。地形の方も注意しておく。さすがにこんな場所で迷子はゴメンだよ。それから、いざって時は緊急浮上だね」
「009、この年で迷子は僕も嫌だな。そして暗闇でBGに会うのも嫌だね」
「ゴーストは闇に出るものだけどね」
「それ、洒落かい?」
「いま思いついたんだけどね。下手だろ?」
「自分で言うなよ」 笑。
「皆、艦内システムに異常や問題はないようだけど、一応、各自、緊急ブローに備えて席を立たないようにね。それからソナー反応にも引き続き注意しながら頼む」
「「「「了解」」」」
「メイン・バラスト・タンク、上部ベント弁オープン、潜行角20度、速度10ノット、これより深度3500まで沈降する」
ドルフィン号が海底深く潜るにつれ、コクピットから見える外の世界は徐々に暗闇へと景色を変化させる。
……
400
……
……
1000
……
……
2000
……
……
3000
……
3500
「艦停止。艦内気圧異常なし。上部ベント弁閉鎖。システムオールグリーン」
003 「艦内、生命維持システムも異常なし」
006 「予備エネルギータンク損傷なし」
007 「装甲板、いずれも損傷なし。…おいおい、気圧300?!」
「了解。フロントライト、照度最大、対海底異物探知システム作動、進路オールクリア」
ドルフィン号のライトの中で浮かび上がる暗闇の世界――――
「微速前進、針路そのまま。速度5ノットで潜航する」
「了解。 状態良好。ほぼOKだね」
008がほっとしたようにそう言葉を漏らした。
「さすがドルフィン号アル。本番一発OKね〜」
「この辺りには海底火山があるわ。水温が200℃を越す場所もあるから進行方向に気をつけて」
「「了解」」
009と008は声を合わせた。
深海。
昼間でも太陽の光が全く届かない暗い世界に、ドルフィン号のフロントライトだけが、数メートル先を明るく照らす。
エンジンを深海設定に切り替えた艦は海溝をさらに奥深く進んだ。
暗い闇の中。
やがて、奇妙な形をした深海の生物達が、ドルフィン号のメインパネルに写る。
「この辺りの水温は1℃くらいだわ」
「ひょえ〜!300気圧を越えているアルよ。でも、ドルフィン号の艦内は水圧調整生命維持装置があるから安心ネ」
「しかし「外」はいくらサイボーグでも辛い条件だね…、潰されてスルメみたくなりそうだぜ」
コクピットでの長時間の座り作業に疲れたのか、首を左右にストレッチしながら007がそう答えた。
「あんたはんは、スルメというよりは…タコ…」
「うるせ〜ッ!」
「なにもなければいいけど……」
008が前方を見つめたまま返答するなか、ドルフィン号の周囲には、不思議な外見の深海生物が姿を現していた。
「ん?!アイヤー!!007、タコアル!んん?頭に耳みたいのが付いているのことよ!」
「我輩は人間であるからして、頭に耳はついているけどね。…って、おい!よく見ると白いえびも泳いでいるぜ。深海にも生物がいるのは知っていたが、数種類いるんだな…」
「白いタコが逃げて行くアル!」
奇妙な形をした白いタコは「両耳」をパタパタと鳥のように動かしながら海中を移動していた。
「まるで夜空を飛んでいるみたいだわ。ドルフィン号に驚いて逃げてるのかしら…」
「確かに、ちょっと驚かせちゃってるみたいだね」
003の言葉に009が肩をすくめながら、微笑した。
「わてらは「イルカ」アルよ〜。怖くないアル」
パネルに写るタコに張々湖がそう話しかけた。
「009、左舷前方に硫化水素の反応があるわ。海底火山があると思うから、熱水湧出孔に気をつけて」
「003、判ってる。操縦席ソナーにも反応が出てる」
009が落ち着いた声で返答した。
「熱水噴出孔?」
「進めば分かるよ」
数分後。
海溝を奥深く進むドルフィン号の目前には、巨大な筒状の岩が左右に聳え立っていた。
その周囲には、所々、濁りの濃い部分が見えている。
「なにアル?!」
「こいつぁたまげたな。凄い数だよ、おい…」
007は初めて見る迫力あるその光景に、パネルに釘付けになっていた。
「三十五億年前、太古の海だ」
寡黙な005が一言だけ冷静にそう言った。
「海底火山が活動しているアル!」
その巨大な筒状の岩は、先の先端部分から黒い煙(ブラック・スモーカー)をもくもくと海中に吐き出していた。
そして黒煙を吐き出す熱水湧出孔の海底の巨大な塔の岩には、驚異的な数でびっしりと隙間なく二枚貝が張り付いていた。
その後ろに並ぶ岩にも、チューブ状の白い生物(チューブワーム)が隙間なく生息しており、 海水の水の流れに添って、ゆらゆらとその白い茎を揺らしていた。
それらは、岩に張り付いている生物というよりは、その数の多さにその岩自体が一つの生き物のようにも見える。
白と黒――――
暗黒の海にひっそりと生息する白い群集は、ドルフィン号のフロントライトの明かりに、静かにその姿を浮かび上がらせていた。
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