written by みさやんさま




Give me a little smile
  〜深海の刺客〜



<1>






それは命の象徴

太古 生命が誕生し 交配を繰り返しながら 環境に適合するため進化を続けた場所

命あるものたちが その灯火を絶やさぬように 脈をうつ 

DNAの静かな革命

時には優しく 時には厳しく その軌跡を見守ってきた海

水の惑星で いつか… 

傷を負った戦士達が  海に還るとしたら…

柔らかな月の光をあびて いつか… 生まれ変われるだろうか…

それは 純真無垢な産声

海は 生命の神秘を見守るゆりかご

すべての生命は海から生まれた――――



***


14時30分。

サブマリンモードのドルフィン号は太平洋の海底の砂地に停泊していた。



数日前、ギルモア博士の元に、現在アメリカの某科学研究所に勤務する、 BG時代の元同僚、キューブリック博士から内密に一本の電話があった。 それは人工衛星が、マリアナ海溝付近で、原因不明の爆発の映像を捉えたというものだった。

どこかの国が核実験を行ったにしては、あまりに突然の出来事で、 しかもどの国にも不穏な動きが全くなかった状態での急な事態に、 その同僚はBGの可能性があると睨んでギルモア博士に知らせてきたのだ。
研究所のリビングにメンバー全員を集めたギルモア博士は、 キューブリック博士から送信されてきた衛星データーを元に、一通りの説明を終えると、『子供達』全員の顔を見渡した。

「……と、いうわけじゃ。
キューブリック博士の情報ならば信用できる。彼は改心しておるからな。
そこで早速だが… 君達、至急マリアナ海溝付近まで飛んで、原因不明の爆発について調べてくれ。 BGの可能性がある以上は無視できん情報じゃからな!」

「了解しました!今回は僕達だけで飛びます。博士は生身の人間ですし、深海は無理ですからね」

ジョーは、ギルモア博士から衛星データーの画像が入ったディスクを受け取ると、ソファーから立ち上がった。

「ああ、ワシはなあ…、ドルフィン号の機内圧力調整装置を持ってしても、深海となると…」

「だからこそ博士、そこは俺達に任せてください!」

ジェットは、俺に任せとけ!といったふうに自分の胸を拳でポンと一度だけ叩くと、 テーブルの上のアイスコーヒーを飲み干し、そのグラスをテーブルに置いた。氷がカラン…と音を立て、グラスの中で回る。

「さて、準備しようぜ!」
そう言いながら、ジェットは席を立った。

「ところですまんが…今回は、002と004は日本に残ってくれんか…」
「残る?!俺が〜?」

出鼻を挫かれ、素っ頓狂な声を上げたジェットを、彼の隣に座っていたアルベルトが、下から見上げていた。

「002は威勢が良いのう! その威勢の良さ!004と共にここの護衛は任せたぞ!」
「護衛…」
「分かりました博士。確かに全員で行動する必要はないですからね」
アルベルトは、博士の指示にそう返答した。

「ところで、ここの護衛は分かったけどよ、なんで004とコンビなわけ?」
「002、もしもの時のためだ。研究所が潰されちゃ大変だからな。俺とお前が残れば、空と陸から研究所を護れる。 これも作戦の一つだよ。 つまり空中戦が得意なお前さんが、此処に残らないと困るんだ」
「ま、陸にいる004だけじゃ心許ないからな」
「フ…ま、俺はこの足で空も狙えるがな…」
「俺は空から陸も狙えるけどよ…」

二人の男が視線を合わせながらニヤリと笑う。
リビングの傍らに置いてあるベビーベッドでは、就寝中のイワンが、小さな足でタオルケット蹴り上げていた。
それを掛けなおしながら、フランソワーズは、ジェットとアルベルトのやり取りを見ていた。
そんな彼女と目が合ったジェットは、視線を合わせたまま、数歩移動すると、後ろの壁に軽く寄りかかり、腕組みをした。

「深海なんて、なかなか見れねえからな。それで今後の為にも行きたかっただけさ。護衛の為なら、俺は喜んで残るぜ!」

その言葉にメンバーが、次々と話し出した。

006 「002、さすがアル!」
009 「君が残れば安心だね」
008 「全くだ、空中戦のプロが残れば百人力だ」
007 「つまり我輩達は安心して旅立てるというワケだ」
005 「うむ!納得」

「ま、まあな!皆ここの心配はいらねえぜ。安心して行ってこい!
ところで、お前ら、そんなに煽てんなよ!なんだか俺が煽てに乗りやすい奴みたいだからよ…俺はそんなに単純じゃないぜ!」

「あれ、違ったアルか?」(ぼそ…)
「張大人…」 小声でそう話した張々湖のお尻を、グレートが軽く蹴った。

「ジェット、博士とイワンの事はお願いするわね」
「おう、003、任せとけ!」

ジェットは、右手を額に移動させると、敬礼のように数秒止め、そしてすっと腕を下ろしニ〜ッと微笑んだ。

「ゼロゼ…いや、フランソワーズ」

そんな彼の目の前を、右手に博士から預かったデータディスクを持ったジョーが通り過ぎ、そしてフランソワーズに話しかけた。
彼女は、イワンが目覚めたときの用意をしながら、その手を休めずに、ジョーの話しに耳を傾けていた。



ギルモア邸、ジョー・ジェット、フランソワーズ




(あいつ…ああやってる姿は、戦闘に身を置いている女には見えねえよな…)

二人が話す様子を見ながら、ジェットはふと思った事があった。

ここ最近、009は003をよく気にかけるようになったな…、と。
009が、いつの頃から、常に彼女を視野に入れて行動するようになっていたかは、定かではなかったのだが…。

ただ一人の女性である003は、真っ先に狙われる事も多く、それを自覚している彼女は、 時と場合により、自ら戦場の状況を判断の上で、戦闘をスムーズに進めるために、戦場からその身を一瞬、隠すことも多かった。
それでも見つかる事は多く、敵に銃を構える003と敵の間に加速した009が割って入る。
もちろん、彼女を護るのは009だけではない。他の誰でも良いのだ。
しかし一秒の油断が身を破壊させる場所では、正直な話し、なかなか自分以外の仲間にまで気が回らない場合も多い。
動きの速い009ですら、彼女の悲鳴を聞いてから、急いで駆けつける場合だってあるくらいなのだ。
最も性能の良い加速装置。
だから009は真っ先に彼女を助ける。

(加速装置だから…、だよな…?)

002はそっと二人の会話に耳を傾けてみた。
イワンの世話や、大人数が生活する上でどうしても増えてしまう家事を行いながら、作戦会議に参加していた フランソワーズに、目的地までの経路や任務について、その他危険性等を踏まえて、簡単に説明しているらしい。
表向きは調査とはいえ、戦闘になる可能性は充分にある。

「…今回も君の力に頼る事があるかもしれないけど…」

言葉の強弱によって、ジョーの言葉が途切れ途切れに聞こえてくる。
009のこの言葉は、ソナーの役割も出来る003としての能力に頼ることもあるかもしれない事を意味する。

「それから、僕の変わりにメインパイロット席を、君に任せる事が……」

戦場は常に予測不可能だが、海中という事を考えれば、最も体力のない彼女が艦から出る事は考えにくい。
もし戦闘になり、彼女がドルフィン号から外に出る事があるならば、それは機体を失った時…。
そうでもならない限り、003はドルフィン号の操舵席に残る筈だ。

「…何かあれば君に指示するから。…だけど、無理はさせない」
「私ならもう大丈夫よ。傷ももう痛くはないから…」
「そう、良かった。でも、傷つけたくないんだ。だって君は、女の子だから…」

戦場でのリーダーとしての自覚からなのか、それとも騎士道精神からなのか…、目の前のジョーの態度にジェットは苦笑いする。

「なあ、003、背中の怪我、治って良かったな」 ジェットは壁際の二人に話しかけた。

「…ええ。博士が綺麗に治してくれて、痛みはもうないの」


戦闘時の傷。
身体が血を流すような痛みは、戦闘には縁のない一般人を、身体を盾にして護った結果である事も多々ある。
自分の痛みを犠牲にして誰かの命を救えたなら、まだ良いが、それが無駄に終わる場合も多く、そんな時、救えなかったという 自虐的な思いが長期間残ってしまう。
その辛い場面を、何度も夢で見ることもあるくらいだ。
表面上の目に見える患部は、時間の経過と共に完治するが、…内面の傷はなかなか癒えない。
フランソワーズ(003)は、感受性が強いぶん、その「痛み」は毎回相当な筈だったが、 普段から彼女はそれを見せない努力をしていた。
その分、フランソワーズが「003」であろうとする部分は、隙のある脆さを含む。

痛みがない…か。…とジェットは思う。

「なあゼロ…」

ジェットがジョーに話しかけようとしたその時、部屋の中央に立つギルモア博士が声を上げた。

「皆、そろそろ時間じゃ。各自それぞれの役割を頼む。調査班はドルフィン号で、無事に帰ってくるんじゃぞ!!!」

博士の声にはっとしたジェットは、皆と共に声を合わせた。

「「「「「「「「 はい、分かりました。博士! 」」」」」」」」」

全員の士気が揃った、その後の数分間は、各自が足早にそれぞれの行動を取っていた。
自室へ行き、戦闘服に着替えてリビングへ戻って来る者、私服のまま、すぐに地下ドックへ向かう者。
それぞれが地下へと続く扉を開け、用意を終えたメンバー達が、次々と扉の中へ消えて行く。
アルベルトについては、先程から壁に貼られた003自筆の「イワンのお世話表」をずっと読んでいる。
ミルク作りが苦手なジェットは、アルベルトの行動に、この際、イワンの世話は彼にすべて任せてしまおうと考えていた。
少し前に、「ジェット、博士とイワンの事はお願いするわね」 「おう、003、任せとけ!」 との会話はすでに忘れた事にするようだ…。
ほんの数分間に、研究所に残る者を残し、その他のメンバー全員が、リビングから姿を消す。
ジェットが地下への扉に視線を移した時には、 赤い戦闘服に着替えたジョー(009)が、丁度扉を閉めようとしていた時だった。

「なあ、009」
「なんだい?」

ジェットの呼びかけに、009が、扉からひょっこりと顔だけを出した。

「調査とはいえ、戦闘になるかもしれないぜ?」
「その可能性は、充分だね」
「ドルフィン号だけど、改良後の深海でのテスト潜航は終わっているのか?」
「いや、君も知っての通り、そんな時間は無かった。つまりテスト潜航兼、本番だね」
「一発勝負で本番か…、気を付けろよ」

「君もね」


***


数十分後。
研究所を管理するOS(オペレーティングシステム)が、ドルフィン号の発進を報せていた。

ドルフィン号は、明け方の海から空へと飛び立った。




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