written by みさやんさま




Everything i do is for you.
 〜闇に架ける虹〜



<16>



冬の訪れを感じさせる海風が、激しく窓を叩いていた。
ロッキングチェアを落ち着き無く揺らすギルモアの前を、ミルクの入った哺乳瓶がフワフワと移動した。
イワンが、慣れた手つきで哺乳瓶を呼び寄せたのだ。

「イワンや、今日は、あの子が帰ってくる日…、じゃな」
「5回目ダヨ、ぎるもあ博士」
「はて、そうじゃったかの」

今朝、ジョーが空港まで迎えに行ったの、皆で見ていたのよね?
イワンは、内心そう思いながら、「他ノ7人モ合ワセルト、何回目ダッタカナ…」と、呆れたように返答した。
空港へはジョーが一人で迎えに行ったため、7人とは、ジョーを除くメンバー達のことであるが、その7人が今朝から、何故か自分ばかりに、何度となくフランソワーズの帰宅を確かめてくるのだ。

「…うう、気分が悪くなったようじゃ」
ギルモアは、ロッキングチェアから立ち上がると、胸の辺りを数回撫でた。

「ズット、落チ着キ無ク椅子ヲ揺ラシテルカラダヨ…」
「まあ、そうじゃな」
イワンに、落ち着きのない行動を指摘され、ギルモアは笑った。

「イワンに聞けば、安心するんじゃろうよ。最も正確じゃからな」
そう言いながら、ギルモアは室内の時計を見上げた。

「心配ナノ?」

「んん、まあ…、心配というよりは、これで良かったんじゃろうかと思ってな…」
「此処ガ、帰ルベキ場所ダッタカラ、ソウ思ウヨ」

壁の時計の鳩が鳴く声と共にギルモアは、溜息をついた。

「今ハ、戦闘ガ落チ着イテイルケド、コレカラ、003ノ視聴覚ヘト戻ルタメノ、手術ダネ」
「…そういうことになるからのう」
「時間ダヨ、博士」

ギルモアが、自室から出ようと扉を開けた時、丁度、玄関のウインドウチャペルが涼やかな音を立てていた。

「おお、帰って来たようじゃな、イワンは、出迎えに行かないのかね?」
「飲ンダラ、イクヨ」
「落ち着いているの、イワンは」

哺乳瓶を口に含んだイワンは、口の中に広がるミルクの味と、徐々に暖かく満たされていく腹部に幸福を感じながら、ふと三日前の出来事を思い出していた。





ほんの三日前の晩、009は突然、夕食の席で、フランソワーズが帰宅する事を話した。その場にいたのは、張々湖飯店に戻った007と006以外のメンバーである。
イワンは、食卓での会話を、すべてベビーベッドで聞いており、ジョーの話にあれこれと想像を巡らせていた。が、ジョーの説明が、いまいち明確ではなかったため、二人の間に、心が通い合うような何かがあったのだと察したイワンは、002からの質問攻めに合っている009の様子を面白がっていた。
やがてイワンは、いつの間にか眠っていた。
次にイワンが目覚めた時、リビングは静かで、食卓の上も片付けられており、ソファーでは、ジョーが一人、ノートパソコンを広げていた。ジョーの肩越しに僅かに見えているパソコンの画面には、どの部分かは分からないが機械の設計図が数枚、画面上に並んでいた。

「ふらんそわーずガ、帰ッテクルネ」

イワンの声に、ジョーが振り向いた。

「自分ガ作リ出シタ迷路デ迷ッタナラ、ドウヤッテ救イ出スノダロウ」

「…右に行けば良いのか、左に行けば良いのか、僕の方が動けずにいたんだ、フランソワーズは、迷っていないよ」

ジョーの表情は、以前よりも大人びて見えていた。



***




数日後―。

フランソワーズは、出来立ての紅茶を一つ持つと、地下のギルモアのもとへと向かった。
帰宅後、すぐに視聴覚の再手術を受け、その経過は順調だったが、この家に戻って来てからは、不思議とまだ戦闘の気配は無かった。今日もメンバー達は、それぞれが思い思いの時間を過ごしており、ほとんどの者が、すぐに連絡が取れる状態ではあるが、何処かへ出かけていた。家に残っているのは、ギルモアとイワン、それからジョーとフランソワーズ、この4人だった。
人数が少ないと家の中が静かなものだ。少し前に降り出した雨の音も、はっきりと聞こえてくる。
フランソワーズは、いつものように紅茶を用意し、いつもの時間にギルモアの部屋をノックした。

「博士、ちょっとだけお休みになりませんか?」

ノックをして、ギルモアの部屋へと入ったフランソワーズは、穏やかな表情でベッドに眠るギルモアを見つけた。
ギルモアの隣では、空になった哺乳瓶と、ギルモアの研究書類に囲まれて、イワンも寝息を立てて眠っていた。
そんな二人の姿を見たフランソワーズは、久々に時間を忘れて開発や研究に打ち込んだらしい二人を起こさないように、持ってきた紅茶を持ったままで、静かに部屋を出た。

「…お邪魔しました…」小声で、そっと呟く。

そういえば、一定のリズムで降る雨の音は、眠りを誘うと聞いたことがある。
雨が眠りを誘ったのかは分からないが、イワンは別として、ギルモアは昼寝が出来るようになったらしい。

リビングに戻ると、さっきまで誰もいなかったソファーに、ジョーが膝の上で読みかけの本を広げていた。
近頃のジョーは、日常においてこんなふうに、フランソワーズがふと気がつくと、さり気なく近くにいる事が多くなった。
湯気の出た紅茶をソファーの前に置いたフランソワーズは、ジョーの隣へと座った。
フランソワーズには気がついているようだが、本から視線は上げない。
そこでフランソワーズは、そっとジョーを見ていることにした。
すると、ジョーが顔を上げた。

「どうしたの?」
「別に」
「別にって、でも…」

明らかに見られていることに、ジョーは、いつものように照れたような素振りを見せている。
フランソワーズは、そんなジョーが可愛く思い、思わず微笑んだ。
「…博士、どうだった?」

「気持ちよさそうに、寝ていたわ」
「そう。博士、昼寝が出来るようになったのか」
「年齢を考えると、身体には良いことだわ。今まで、病気の時でも、まともに眠れていなかったようだから…」
「そうだね…」
「…なに読んでいるの?」

フランソワーズは、ジョーの手元を覗き込んだ。

「グレートの本かしら?」
「正解。他にも何冊か借りてる…」

ジョーは、咄嗟にやれやれといった表情をみせた。

「僕には、こういうジャンルの読書は向かないよ。台詞がすごくて」
「グレートは、お芝居がかったのが好みだから」

そう思うなら、どうしてジョーは読んでいるの?
フランソワーズは、首を傾げた。

「グレートがね、表現力が豊かになるから読めってきかないんだ。僕にどうなってほしいんだか…」
「………」

「どうしたの?」
無言のままジョーを見るフランソワーズの目が、笑っていた。
「グレートは、良いと感じたことを、人に薦めたい性分だから。ジョーは、今のままでいるのが、ジョーらしいわ」

その時、玄関で封筒が床へと落ちる、小さな音が聞こえた。
フランソワーズは、ソファーから立ち上がると、その床に落ちた封筒を拾い上げた。
それは、フランスに住む兄からのエアメールだった。

「兄さんからだわ!」
ソファーに戻ったフランソワーズは、ジョーの隣で、すぐさま封筒を開いた。


何も行動を起こさないでいては何も変わらないし、何もしなければ後悔もする。
選択というのは、人それぞれに幾通りもあり、その答えは一つではないはずさ。
いつの日も俺は、君が生きる時間を見守りたいと思っている。




手紙の冒頭はこうはじまり、その後は、フランソワーズの現状を心配する兄の言葉が並び、少しだけジャンの近況が書いてあった。フランソワーズは、パリで暮らす兄のことを想った。
手紙の最後には、こう書かれていた。


いつか、君が愛した人と一緒に、パリにおいで!




いつ終わりがあるのかは分からないから、未来の約束なんて出来ないと思っていた。
だけど、こういう約束が一つくらい、あっても良いんだって、この時のジョーは思った。

「行けるかしらね…」
フランソワーズは、どこか自信なさげな声でそう呟いた。

「きっと、行ける。そんな未来を、僕たちが諦めないかぎり

ジョーの言葉に、フランソワーズは手紙から顔を上げ、ジョーと視線を交わした。
そして、照れた様子で、だけど嬉しそうに微笑んだ。




ジョー&フランソワーズ




この笑顔を守るのは、僕の務めだね。
ジョーは、フランソワーズの頬に口付けをした。


世界が、平和でありますように、と祈りを込めて。



Fin





←back / collabo index→