「EVERY BREATH YOU TAKE」
    written by みさやんさま





<3>side story




「よお、ジャン!今日は随分と早い帰りなんだな!」
「…よお!クレール、久しぶりだな。配達かい?」

ジャンは、後部席にケーキを積んだ車の運転席の窓の方へと近付く。
車には、パテシィエの白い調理服を着た、友人のクレールが乗っていた。
店の車に乗っているあたり、配達の途中なのだろう。

「ああ、これから〜〜ホテルまでね。ジャンは?」
「今日は妻の誕生日でね。仕事は半休さ」
「これから何処か行くのか?」
「ああ、家族で食事会だ。夜は、オペラ座に行く。実は娘がバレエを始めたんだ。まだ幼いのに、舞台にも興味を持ってね。
それに今晩の公演は、妻も見たがっていたしね」
「へえ、豪勢だね!」
「いや、今日は特別だよ。あ!ちなみに、娘ならあそこにいるよ」
クレールは、ジャンが指差すほうへ首を向けた。

「ああ!フランシーヌ、大きくなったなあ!!いま何歳だ?」
「もう5歳だ」
「そうか、早いもんだな」
「まあな、フローラが二人いるみたいだよ」
そう言ってジャンは笑う。
「女の子は、母親の真似をしたがるもんさ、家内が二人いるみたいだろ?」
クレールには、女の子と、男の子、二人の子供がいる。と、言っても、二人とも成人している。

「…そう、かもな」 ジャンはふと幼かった頃の“妹”を思い出した。

「なあ、ところで、フローラは?」
「え?あ、40歳だよ」

「馬鹿。奥さんの年じゃなくて…」
クレールは、笑いながらそう答えた。

「ああ!もう仕事が終わっているだろうから、そろそろ此処に来るはずだ」
「そうか、しかし、若くて綺麗な奥さん持って幸せだな!結婚して5年、今だ新婚家庭のようだもんな〜」

「…はは、茶化さないでくれよ。まあ、俺は結婚が遅かったからね…」
「…ま、いろいろあったんだ。お前は幸せになるべきだ…」

「それについては…、全く、解決しちゃいないけどな…」

ジャンは溜息をつくと、がっくりと肩を落とした。

「…ごめんな。これから家族で出掛けるのに、暗い話を思い出させてしまって…」

「いや、大丈夫。それより長く此処に停まっていると、警察が来るぜ?」
「ああ、そうだな!!それじゃあ、良い夜を!」

「ああ、それじゃあ!」

友人の運転する車がジャンの前を通り過ぎた。

(いろいろあったんだ。お前は幸せになるべきだ…。…か)

ジャンは、娘のフランシーヌの方へ歩き出した。


…終わっちゃいない。

過去の事には出来ないんだ…。
俺は、“お前”の事を一秒たりとも忘れたことはないんだ…

フランソワーズ…、パリの街は、もうすぐ冬に入るよ。

…いま、どこでどうしてるんだ?








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