「The biginning」
written by みさやんさま





<4>



ドルフィン号の医務室(メディカルルーム)。


「俺なら大丈夫だ」

「そうでもないぜ。体内にエネルギーを送る循環コードの一つが切れている。このままだと腕が使い物にならなくなる」

ドルフィン号に戻った002は、防護服から白衣に着替え、004が寝かされている手術台の傍に立った。
もう一方の手術台には、手術着を着た博士と003が、生死の淵を彷徨う赤ん坊の手術を行っていた。


「見ての通り、博士は先に赤ん坊の手当てをしている。003は助手だ。よって俺が004の応急処置をする」
「おいおい、大丈夫なのか?」

「004、そんな心配そうな面すんなって!俺達は第一世代だぜ?
戦闘時に怪我(故障)をしたサイボーグの簡単な応急処置なら習ったじゃねーか。ま、あの頃は図面見せて貰っただけだったけどよ…」

「実践が伴わんな」
「その後、ギルモア博士にも教えて貰ってるからよ」
「ふん、お前が真面目に学習していた気がしないもんでな。博士が真っ先にお前に教えたのは、お前は怪我が多すぎるからだ。
もしもの時、自分の身体の簡単な応急処置ぐらいは知っておいたほうが安全だろうからな」

「ま、俺様は出番が多いからな!そのぶん怪我もするってことで」
「…俺ならまだ大丈夫だ」
004はベッドから起き上がろうとしたが、002がそれを阻止した。

「ほらほら、おっさん。動くんじゃねえよ!」
「おっさん?!俺はまだ30歳だぞ!」
004が不機嫌そうな声でそう言った。

「はいはい…30ね」
002は適当に返事をすると、傍の手術用具に手を伸ばした。

「とにかく俺の腕を信じて、大人しく寝てろって!」


「002、静かにせんか!」

「すいません。博士」

「004、安心せい!」 (後でワシが診る!)

「はい、博士」


「おい!002、本当に大丈夫なんだろうな?!」
「あのな、俺は応急手術するだけだぜ。案外と心配性だな〜。心配しすぎると禿げるの早いぜ。「ハゲ役」は007一人で充分だ」

「002、馬鹿なこと言ってないでくれ…」
004は諦めたように手術室の天井を見てそう言った。



***



「ふあ〜〜〜くっしょい!!!」


「ん?グレートはん、風邪ひいたアルか?」
「ああ、最近戦闘続きだったからな…」
コクピットの007は鼻をズズット鳴らし背中をもぞもぞと動かした。

「疲れが溜まっているのかもしれないね。
007、汗ふいて着替えてきたらいいよ。ほとんど自動操縦に切り替えたし、ここ(コクピット)は今は二人でも大丈夫だから」
操縦桿を握るピュンマが007の方に振り向いた。

「ん〜確かにちょっと寒気がするな」
「そうね。頭も寒そうアルね」
「ああ、そうそう、頭もね。っておい!!!……それにしても、今回ドルフィン号がステルス対応機で良かったぜ」
007がハゲ頭を触りながらそう呟いた。

「うん。もともとBGが開発したブラック・ファントムだからね。その機能は最初からこの艦にも備わっていたし、だから今回、敵のステルス戦闘機についてはなんとかドルフィンのレーダーが捉えてくれてたけど…」

(それにしてもあの速度…。戦闘機の内部技術構造は相手の方が上だ。…束で来られたらマズイな)

「今後、僕とギルモア博士がもっと手を加えて、さらに改良した方が良さそうだ」
008が操縦桿を握りながら渋い表情でそう返答した。

「BGの技術は常に進歩しているアル」
「こっちには博士と008がいるんだ。技術面はなんとか追いつくと思うぜ。ところでお言葉に甘えて、着替えてきていいか?」
「そうするのよろし。あ、ロッカールームに行く前に、エンジンルームにいる009と005にこれ渡してくれるアルか?戦闘後、ずっと作業しっぱなしアルから」

「お!そうだな」
006は、博士から預かった即効性の高い栄養剤入りのドリンクを007に2本渡した。


***


戦闘が終わり、現在自動操縦で飛行しているドルフィン号が、空中戦で受けた損傷は、飛行についてだけを考えれば、問題のないものだった。
しかし日本への帰還中、いつBGが襲ってくるか分からない状態で、損傷を受けたまま飛び続けることは出来なかった。
そこで005と009は、エンジンルーム(動力室)で損傷箇所の点検と修理に携わっていた。


「009、後は俺一人で大丈夫」
ドルフィン号のメインエンジン音が響くなか、007が届けてくれた栄養ドリンクを飲み終えた005が、009に話しかけた。

「確かに、ほとんど修理できたようだ。じゃあ僕は先に戻るよ」
「うむ」


ドルフィン号を無事に降りるまでは、戦闘は終わっていない。
009はエンジンルームを出ると、先程の戦闘で損傷した防護服から、新しい戦闘服に着替えるために、ロッカールームへ向かった。


009はロッカールームのドアの前に立つと、コンコンとドアをノックした。


「はあい……」 中から003の細い声が聞こえた。

「あ、ごめん。後にするよ」
「大丈夫。もう着替え終わっているわ…」

009は彼女の声をドアの外で聞くと、自動ドアのスイッチを押した。

「003、…入るよ」


部屋の中に一つだけ置いてあるソファには、新しい防護服に着替えた003が、俯いてぽつんと一人座っていた。
その左右には、壁に沿って各自のロッカーが並ぶ。
009は部屋の中に入ると、自分のロッカーの前に立った。

「ここ、男女別にして貰ったほうが良いよね、後で博士に相談してみるよ」
「ううん…それは良いの。…ドルフィン号に無駄なスペースは作れないわ。それに私の部屋なら…あるから…」
003は顔を上げずにそう返事した。
「…………」

長い髪が、俯く彼女の表情を隠し、その顔色を伺えない。

長引く戦闘で、もしも艦内で就寝する必要がある場合に備え、ドルフィン号には二段ベッドだけが左右に二つずつ、 計8つのベットが並ぶ就寝室がある。
男性はそこで寝るわけだが、女性が一人だけということを配慮した博士は、彼女用に小さな就寝室を別に設けていた。


「僕達男はどこでだって着替えられるから、緊急の時は君一人で此処を使ったらいいよ」
「…うん……」
いつもなら、ちゃんと相手の目を見て話す003が、今日は先程から俯いたままで返答している。

「……003?」
009は様子がおかしい003をじっと見た。

「……ごめんなさい。外に出るわ…あなたが着替えられない…」
そう言うと003はソファから立ち上がった。
そして彼女が一歩前に踏み出したとき、亜麻色の髪が揺れ、力なく、ふらりと前に倒れそうになった。

「あ…」

009は駆け寄って、ふらつく彼女の身体を、両腕と身体で支えた。
全身の力が抜けたように彼女の身体は009の胸に倒れ込んでいた。



joe&Francoise


(軽い…)



009の身体は、全く彼女の重みを感じなかった。
僅かに胸のあたりに何かが触れた感じ、その程度の軽さの感覚である。

「…大丈夫?」
「…………」

酷く疲れたような、絶望の淵から這い上がれないような、 そんな雰囲気を彼女に感じた009は、彼女に胸を貸したまま、さらに話しかけた。


「003は、休んでいたほうがいい」


しばらくの沈黙の後、彼女は口を開いた。

「……救えなかったの…手術後…急に容態が悪化して…」

それは003があの悲劇の村から連れ帰り、保護した赤ん坊のことに違いなかった。
003はそう言ったと同時に、嗚咽を漏らした。彼女の頬にぽろぽろと涙が流れる。

「…003」

「すぐに出来る限りの…手は尽くしたんだけど…。……私が…もっと、もっと早く!あの子を見つけていれば!!」
彼女の震えた声が室内に響いた。

「003、君のせいじゃない」

009は、彼女の言葉に胸が締め付けられるような痛みと苦しみを感じた。
そして自然と抱き寄せるように、003の背中にそっと軽く手を置いた。

「…いっ……」

003の顔が一瞬歪んだことに、009は驚いた。

「003?やっぱり怪我してたのかい?!黙っていたら駄目じゃないか!!」

009は彼女の身体を両腕で支えると、抱き寄せようとした身体を一瞬にして離した。

「すぐに博士に伝えてくるから、君はここに座って…」
009は負傷している彼女を後ろのソファに座らせるために、その腕を支えた。

(…細い)

彼女を支える009の両手は、003の華奢さを伝えた。

(003はこんな華奢な身体で、いつも戦場に立っているのか……)

過去、戦場で彼女を護った事は何度かあった。抱きかかえて安全な位置へ移動させたこともあった。
だけどそれは一瞬の出来事で、彼女の身体的な「状態」を感じる程の時間の余裕はなかった。
009は彼女のその肉体の細さに、おそらく戦場では体力的にも相当努力しているであろう、彼女を思うと胸が痛くなった。


「…大丈夫。背中は、もう治療して貰ってるから……」


「でも大丈夫じゃないよ。医務室で横になっていた方が良い。移動が無理ならここで」


009は、彼女の背中の傷を庇いながら、003をそっとソファに座らせた。
そして彼女の目の前にしゃがみ込むと、003と視線を合わせた。


「休んだほうがいい。君は、君が思うほど強くない」


003の瞳にまた新しい涙が滲んでいたが、009は言葉を続けた。
彼女に問いかけるように、しかし精神的なショックで言葉が出ない彼女の返事を待たずに言葉を選びながら、話しかける。


「いいね?…今は、傷を癒すんだ。心の傷も…、身体の傷も。
君は、精一杯、全力で頑張ったんだ。 赤ちゃんは…、天国でお母さんの胸に抱かれた筈だよ。
とにかく今は、明日のために心身ともに休んだほうが良い。 後の事は僕に、…僕達に任せればいいから」


数分前より多少は落ち着いた表情で、自分を見つめる003の真っ直ぐな視線に安心した009は、そう言い終わると立ち上がった。
「ここに布団と、点滴を持ってくるよ。それから博士にも伝えてくる」

「009……」

彼女の細い呼びかけの声に009が振り返り、彼の褐色の瞳が彼女の視線をしっかりと受け止めた。


「……ありがとう…」

一言だけ…胸から突き上げる悲しみを押さえるようにして、やっとの思いで声を絞り出した003は、 009にそう伝えると、背中の傷を庇うようにして、ソファにその身体を沈めた。
そして身体を横にすると、ゆっくりと瞳を閉じた。

009は、透き通るような彼女の青白い頬の、まだ乾かない涙の跡を見ていた。

(…003…)

そして彼はロッカールームを出て、メディカルルームに向かった。


***



あの悲劇の村を飛び立って数時間後――――。

ドルフィン号は無事に日本に帰還した。




〜The beginning 悲劇の村〜
         Fin





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