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      Catch me...
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     真っ蒼な空の下、水平線に並ぶ複数のボード。
     横一列に競うように。
     ただ静かに何かを待っている。
     何か――波、を。

     大きく波がうねった瞬間、各々がボードに立ち波間をすり抜けてくる。
     大きなチューブ。
     彼らはそれを待っていたのだ。
     しかし。
     ある者は早々とボードから離れ、波の中に脱落し、ある者は天高く飛ばされ弧を描いて落ちてくる。

     ただひとり、中央のその人は難なく波を乗り切り涼しげな顔で降り立った。
     浜辺の女性の視線を独り占めして。

     ボードを小脇に抱え、髪の雫を払い太陽を背にして微笑む。

     「フランソワーズ。見てた?」
     「見てたわ。完璧ね」
     「だろ?」

     にこにこと子供のように笑む罪なひと。
     彼に視線を固定していた女の子たちが一斉に彼が話しかけた相手――私に目を移す。

     「さすが、乗り物ならなんでも運転できる009ね」
     「あ。その言い方、傷つくなァ。これは僕の腕だよ」

     少し拗ねたように言って、そうして
     「ほら。フランソワーズも行こう」
     私の腕を掴んだ。

     「えっ・・・イヤよ。無理よ、そんなの」
     「大丈夫、僕がちゃあんと教えるから」

     だからイヤなのよ――という声は胸の中。

     「せっかく来たんだし、遊ばないともったいないよ」
     「でも・・・」

     サーフィンなんて、やった事ないし。
     尚も躊躇していると、思いがけないところからジョーに援護射撃がきた。

     「イワンならワシが見とるから、行ってくるといい」
     「――博士」
     「若い者同士、遊んでくるといい」

     博士の加勢に力を得たジョーは、そのまま私の腕を掴み海に入った。


     ***


     「絶対、無理」
     「大丈夫だって。僕の言う通りにしていれば」

     悪びれず、ニコニコ言う彼の目をじっと見つめる。

     「だって・・・。ちゃんと教えてくれる?」
     「もちろん」
     「おふざけはナシよ。マジメに、よ?」
     「ああ」

     マジメな顔をして見せるけれど、こういう顔をしている時の彼は油断ならない。
     絶対、何か悪ふざけしようと目論んでいるはず。
     今までの経験がそう教える。

     「ホラ、そろそろ波がくるから構えて」

     言われるまま、おっかなびっくりボードの上に乗って、そうして――

     「――来た。僕の言う通りに――わっ!!」

     教えると大威張りしていたジョーは、いとも簡単に波に呑まれた。
     そして私は、当然の如く天地が逆さまになって、蒼い海に落ちていた。

     不意を衝かれたので、鼻と口から海水が流れ込み息ができなくなった。
     咳き込もうにも、あいにく海の中ではどうにもならない。

     ――死ぬかも。

     冗談ではなく、そう思った。
     手足の自由がきかず、息もできず――

     もうっ・・・ジョーのばか。

     『バカとはひどいな』

     いきなり頭の中に彼の声が響いた。

     『フランソワーズ。あんまり暴れると溺れるよ』

     妙にのんびりと言われる。
     ――溺れるよ、って・・・今まさに溺れてるのよっ

     ごぼっと口中から泡が出て、私は更に深く海に呑まれていった。
     ――沈む。
     本当に、死ぬかもしれない。
     ブラックゴーストと戦って生き残ったのに、こんな事で死ぬなんて。

     ジョー。あなたも少しは泣いてくれるかしら。

     そんな思いをのせて、沈んでゆく身体。
     陽の射さない海中は、真っ暗で冷たく・・・静かだった。

     海の中で、私だけが異質だった。

     ゆっくりと沈んでゆく。その速度はまるで――「不思議の国のアリス」が穴の中を落ちてゆく時のよう。

     そういえば、昔兄に私の瞳はアリスブルーだと言われていたわ・・・と、ぼんやりと思い出す。
     人は死ぬ間際に今までの人生を思い出すというけれど、これがそうなのかしら。

     ――ジョーのばか。どうして助けに来ないのよ。

     頭の芯がじんじんしてくる。脳が酸素を欲しがっている。

     私はどこまで沈んでゆくのだろう。
     この身体はいつか――海の藻屑と消えるのだろうか。
     ――寒い。
     どんどん暗く深い海の底に沈んでゆく。
     ――怖い。

     と。

     いきなり腰に何かが巻きついた。

     ――!?
     何?
     何かが、私を――



     ***



     頭痛がおさまってゆく。少しずつ。
     ぼんやりと霞がかかったみたいだった思考に光が射してゆく。

     暫くののち、私は自分が浮上していっていることに気がついた。
     上の方がかすかに明るくなっていく。

     そして――息ができる。

     『まったく・・・どうして体内酸素ボンベを開かなかったんだ?』
     ジョーの声が頭の中に響く。
     『どんどん沈んでいくから――心臓に悪いよ』

     怒ったように言われ、私を抱く腕に力がこもった。
     そう――私はジョーの腕に抱えられ、ゆっくりと浮上していたのだった。

     私はジョーの首筋に両腕を巻きつけ、彼の肩に頬を寄せた。

     少しして、ジョーが浮上する速度を緩め、私を見つめて心配そうに問いかけた。
     『そろそろ自分で息できる?』
     ――できない。
     『――フランソワーズ』
     呆れたように軽く息をつくと、再び私の唇に唇を重ねた――先刻と同じように。
     沈んでゆく私を抱き締め、ジョーは自分のなかの酸素を私に送ってくれていた。
     唇を重ねて。
     そして今も――私の中には、彼からもらった酸素が行き届いていく。ゆっくりと。すみずみまで。

     しばらくして唇を離すと、ジョーは再び私を抱き締め水面めざして泳いでゆく。

     ――ジョー。
     『何?』
     ――心配、した?
     『したよ』
     ――怒ってる?
     『ちょっとね。でも・・・・』

     ばしゃんと水面から顔を出す。
     ジョーが少し咳き込んだ。
     私はそのジョーの顔を両手ではさんで、有無を言わさずくちづけた。
     そうっと彼の中に酸素を送る。

     ――でも、何?
     『ん・・・』

     一瞬、離れる唇。

     『でも面白かった――って言ったら、怒る?』
     ――まぁ。ジョーったら。
     『・・・続きはどうする?』

     「続きって、サーフィンの?それとも・・・」

     どっち?


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Written by うさうさ sama
Special Thanks!!


うさうささんに「原作風味な93で」とリクエストしておきながら
添えたイラストが思い切りオリジナルでスミマセン。。。
水無月拝

2008.8.26









 



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