written by ぽろんさま |
柔らかな風が吹いた。
小高い丘の上で僕はマウンテンバイクを降り、小さく深呼吸する。
きみが故郷に帰って行ったのは、寒い寒い朝だった。
白い息とともに零れ落ちそうになる言葉を、僕はやっとの思いで呑み込んだ。
夢に向かってまっすぐに歩き出そうとするきみ。
そのきみを引き止めてしまったらきっと、きみはきみでなくなってしまう。
胸のまんなかにぽっかりと開いた穴は、簡単には埋まってくれなかった。
こんなにもきみを求めていることを、僕は、離れてみてようやく知ったんだ。
だけど、時は移り、季節は巡る。
長かった冬も終わりを告げ、春はやって来る。
暖かな風が吹いた。
僕はその温度を確かめるように眼を閉じる。
こうしていると、きみが隣で微笑んでいるような気がするよ。
もしかしたらきみは、ずっとそばにいるのかな。
だって、すぐに思い出すことができる。
きみの澄んだ瞳の色も、亜麻色のつややかな髪も、しなやかな指の感触も。
そして、歌うように僕を呼ぶ声も。
僕は眼を開けて、青い空を見上げた。
真っ白な雲が浮かび、ひばりのさえずりが響き渡る。
この空は続いている。
きみの暮らす、遠い街にも。
フランソワーズ。
僕は、ここにいるよ。
こうして、いつでもきみを近くに感じることができるんだ。
春の優しい風が吹いた。
ほのかに甘い花の香りに、僕はもう一度眼を閉じる。
寂しい時、悲しい時、そっと抱き締めてくれた大切なぬくもりを、僕も胸の中で抱き締める。
春の風が、吹いた。
優しく、暖かく、そしてほんの少し切なく、僕を包み込んで。
おしまい
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