written by うさうさ さま  
  



Beautiful Sunday


***


雨の嫌いな彼を無理言って連れ出したのは、朝から霧雨の降る少し肌寒い日曜日だった。
街は鈍色の空に包まれ、霧雨のカーテンに視界を遮られており、いつもより落ち着いて見え、そして静 かだった。
「こんな日に出かける人なんていないよ」
唇を尖らせ不平を言う彼の腕に手をかける。
「いいじゃない。ちょうど空いているわ。それに――雨の日って好きよ、私」
「ええっ」
途端に変な顔をする彼。
「どうして?濡れるし、暗いし、いい事ないじゃないか」
「濡れたら拭けばいいでしょ?雨の日って、こう――何ていうか、生命を感じるの。植物も、虫も、嬉 しそうに生き生きとしてて。私は好きよ」
それでも顔をしかめたままの彼の腕にそうっと寄り添い、とっておきのセリフをひとつ。
「それに、こうして歩けるし。ね?」
果たして彼の唇には笑みが浮かび、不機嫌は跡形もなく消え去った。
こうしてひとつの傘の下で寄り添って――お互いに濡れないように――歩くのは、雨の日の特権だった 。
 
今日は、鎌倉へ紫陽花を見に行く予定で、私は霧雨が降っているのがとても嬉しかった。
紫陽花を見るなら、霧雨か小糠雨で――と思っていたから。
お互いに中々予定が合わなくて、紫陽花の時期ぎりぎりの今日になってしまった。
でも、返って良かったかもしれない。
空いている電車に乗って、降りた駅も静かだった。
「ちょうど良かったわね」
「そうだね」
言いながら、彼が開いた傘のなかに一緒におさまって。
特に何を話すというのでもなく、淡々と歩く。
道の両側には霧雨を受けてますます色鮮やかな紫陽花たち。
時折、紫陽花を指差して立ち止まったりしながら、自分たちのペースで進んでゆく。
微かに煙る世界には、私たち二人しかいないようだった。
「寒くない?」
「ええ。大丈夫。――あなたは?」
「ウン。平気」
そんな会話も、静かな世界に吸い込まれて消えてゆく。
静かだった。
傘にあたる雨も優しくて、音をたてずに落ちてゆく。
足元から立ち上ってくる土の匂いがなんだか懐かしかった。
「ね。ジョーは何色の紫陽花が好き?」
色々な種類の色とりどりの紫陽花を通り過ぎてから訊いてみる。
「えっ・・・何色、って」
明らかに動揺している様子の彼に、やっぱりねとため息をつく。
「もう・・・見てなかったでしょう、全然」
「見てたよ、ちゃんと」
「でも、別のこと考えてた」
すると、きまり悪そうに黙ってしまった。
「――お昼ごはんの事考えてたんでしょ?」
確かにもうすぐお昼だったから、彼がその心配をするのは不思議でも何でもなかったけれど。
「んーと、確かもう少し行くとちょうど・・・お蕎麦屋さんがあるはずよ。美味しいって評判の」
「うん」
「お腹すいた?」
「うん、まあ――少しね」
拗ねたように言う彼の表情がおかしくて、つい笑ってしまう。
「もうちょっとだから。ガマンガマン」




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