劇場から続く長いエスカレーターに足を踏み出すと あたりは薄暮に包まれていた
冬の気配を思わせる夜風が、ゆっくりと震動に揺られ下るジョーとフランソワーズの髪をもてあそぶ
やがて、規則正しい震動が終わりを告げると、視界は再び人々のざわめきの世界を映し出し
まだ興奮の醒めぬ観客達の声は少しずつ、背後から遠ざかっていった






「どうだった?よかったでしょ?」
ブルー色の双眸がキラキラといつもよりも輝いている
その眸に僕もつられて微笑み返したにも関わらず
――そうだね―――。・・とありふれた言葉を口走ってしまった
「よくなかったの?・・・。」
不安げな、訝しげな声音と共にテーブルを挟んで正面に座る彼女の上半身が ぐいっと前に乗り出し僕達の距離を縮める
輝きを失いつつあるブルーの双眸に僕は慌ててそして―――冷静に――
緩く頭を左右に振った
「ちっ・・・・・違うよ。僕もフランと同じだよ」
「・・・私と、同じ?」
――そうだよ――と言葉の代わりに頷く


決めていた店にそのまま直行しても、おかしな時間ではなかったが、 よほど舞台の余韻が残っているのか・・・。
「何だか満たされて、すぐに夕飯って無理そう・・」
申し訳そうに言う彼女に
――夕飯は少し後にしてお茶でも行こうか?――と僕は提案を挙げた
コクリと頷いた彼女の手を引き、近くの喫茶店へと足を向けたのだ
彼女とバレエ公演を観に行くのは久しぶりだった。
いつもは、客演などで踊る彼女を見る立場だったから・・・。
フランソワーズの影響で数々のバレエ演目の物語は掴めている
特に、今回の『ロミオとジュリエット』についてはストーリーとしては原作者が あの有名なシェイクスピアとその分野に関してオタクと名称がつく仲間のお陰でだ
だが、悲恋の結末というのに・・どうも僕は弱いらしい
ジュリエットの最期の姿を彼女の姿と重ねてしまいそうで――。
意識的に――避けていた――





夕飯前って事は重々わかっているのよ。でもね〜〜〜とボソボソと呟きながらも 広げたメニューに掲載された誘惑には勝てなかったようだ
彼女曰く、お腹と脳の気持ちに正直になったのだと・・・・。
「ケーキセットをお願いします」と迷う事なく店員さんへ告げた姿は 本当に正直でよろしいと言いたいところだが、
――もっと違う面で正直になればいいのに――僕からすればこれが本音だけど・・・。
ちょこんと目の前に座る自称正直者の彼女は劇場内で購入した少し分厚目のパンフレットを 食い入るように見つめている
彼女らしと言うか・・・先程、煙草を吸ってもいい?と僕の問い掛けにも上の空で
「うん、いいわよ」と僕に視線を合わす事なく淡々とした答えが返ってきた始末だ・・・。
そんな彼女の眼の前にカチャリッと、注文した品がテーブルに並べられる
やっぱりそれにも気付かない


「フラン!ケーキセット来たよ」
「えっ・・・ああ――食べなくっちゃね」
弾かれるように顔を上げ名残り推しそうにパンフレットを閉じた双眸はすでに 目の前のケーキに夢中のようだ
そんな彼女を見ていると・・愛おしくて、可愛くて・・・・。
さっきは僕の事、無視したくせに・・と小さな嫉妬心が燻ぶる


クリームホワイトとピンク色のいかにも女の子が飛びつくような色合いに
どうだ!と言わんばかりにイチゴが装飾されているケーキをパクッと一口、二口 彼女が幸せそうに口に頬張り終えると――
「ねえ?」と僕の双眸を捕らえる
――うん?――
吐き出す煙草の煙が彼女に掛からないように吐く息を下へと向けた
その仕草を見届けたフランソワーズは――
「さっき、ジョーは私と同じって言ったわよね?それって私と同様に感動したって事でいいのよね・・・
無理やり付きあわされたって思ってないって思っていいのよね?」
彼を見つめるブルーの双眸が揺れていた
ジョーは一瞬、何を言い出すんだ?と苦笑を交えるもすぐさま優しく目を細め―――
「うん。フランと一緒だと思う。正直言って悲恋ものは苦手だったけど素直に感動したよ」
「よかった―――」
不安という影に怯えていたブルー色の双眸に再び光が灯った事に安堵の笑みを零した
――そんな事気にしなくてもいいのに――思わず言いかけた言葉を飲み込む
きっとフランは僕が悲恋ものは苦手だと知っていたのだろう・・・。
飲み込んだ言葉の代わりに、彼女のケーキをじっと眺めてそして
「それ、美味しそうだから一口くれる?」とケーキを突き刺したフォークを持つ彼女の手を掴み そしてそのまま自分の口へと入れた。
口中に甘さが絡みついてくるが味は悪くない
だが、この甘すぎさは一口で充分だ・・そう思った矢先――
「ねぇ――。ジョーはどの場面が感動した?」
――へっ?――思わずケーキを吹き出しそうになる
何を唐突に聞いてくるんだ!!

――っえっと――その場しのぎの言葉を紡ぎながらも頭はフル回転状態
先程から突き刺さってくる期待の込められた熱い視線が痛い
脳内の全てがロミオとジュリエットのシーンでいっぱいいっぱいになる
観賞中違うとわかっていても僕の中ではジュリエットがフランソワーズと折り重なって視え・・
それはまるで暗影のように・・・・それらを締めだすのに必死だったような・・・。

――踊りに関しては勘弁してほしいな――素人だしね・・とまずは彼女に許しをこう

「ありがちだけど・・・ラストシーンかな・・・ジュリエットが仮死状態から目覚めるとロミオは既に命を絶っていた・・
ジュリエットが彼を追いかける悲しい結末・・2人が重なり合うラストシーンは結構ジーンときたね」
そう、言い終えると照れ隠しなのか、無意識に煙草に火を点けた
ジョーって意外とロマンティックなのね――。と向けられた笑顔と声音に軽く目を見開き
――意外っていう言葉に傷ついたんだけど――と嘆息と共に煙草の煙を吐き出した
ふふっ・・意外だから・・意外なのよ―と僕の弱点を見つけたかのように鼻先で笑い面白がっている
「じゃ、フランはどこの場面がよかった?プロ!としてご意見が聞きたいなぁーー」
テリトリー以外の事で振り回されるのは悔しく言い返してみた。”プロ”と言う言葉を少々強調して・・・。
「私は恋におちた二人ね・・・場面で言うとやっぱりバルコニーのシーンかしら」
――今回の演出、私・・好きだわ――とブルー色お双眸がうっとり潤い明らかに宙を舞っている
「僕がロマンティストならフランは夢見る乙女だね」
「!!」
深層心理をくすぐる科白と柔らかな眼差しにフランソワーズは顔を赤らめる
「フランも意外と乙女だったんだな」
「・・・いいじゃない・・・乙女だって認めるわよ・・・」
形勢逆転されたフランソワーズはジョーの顔を背けるよう、小声で反論し お皿に残されいたケーキを切り分けフォークに突き刺すと無言のままそれをジョーに差し出した
ふいを衝かれたジョーは、無言のままそれを口に含む
クリームホワイトとピンク色のコラボレーションに華やかなイチゴがジョーの口中を再び甘く満たしていく



「美味しい?」
「・・うん。美味しいよ。フランと一緒だからね・・・。」









二人のあいだに流れるのは甘やかな時間















〜Fin〜









〜あとがき〜
水無月さまへSSを押し付けさせていただきます。
ちょっと甘いお二人を描かせていただきました。
実際、Kバレエカンパニーの「ロミオとジュリエット」を
観に行ったのですが、とても感動してお嬢さんのように乙女に
なって帰宅いたしました(笑)
二人もこの舞台を観に行った設定とさせていただいています。
お気に召して頂ければ光栄です。

From あゆか



あゆかさん、いよいよ創作復帰ですかーー(喜)
「ロミ・ジュリ」私は残念ながら観にいかれなかったけれど
素敵なおみやげをありがとうございます♪♪

水無月拝
(イラスト合成素材:Mint blueさま)
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