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 pH テスト
       written by oga sama
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       「なにを見てるの?」
       窓の外に視線を向けているジョーの端正な横顔に向かって声をかけながら、フランソワーズは
       ジョーの向かい側に腰をおろした。
       二人がきまって待ち合わせに使うカフェの、いつもの席である。昼前から泣き出しそうだった
       空は、午後になるとすぐ銀色の雫を落としはじめ、やがて本格的な雨になった。
       傘を持たずに出かけたジョーは、フランソワーズに迎えを頼んだのだ。

       「あじさいの花。」
       どことなくそっけない風にジョーが答える。
       「そこの土は酸性に傾いているんだな・・・って思ってさ。あじさいの花って酸性土壌に植え
       ると青くなって、アルカリ土壌だと赤みを帯びるだろう?この辺はもともとが火山灰に由来す
       る土壌だから・・・」
       「ジョーぉ?」
       語尾に少しだけ力を込めた、軽い詰問の口調で、フランソワーズが彼の名を呼ぶ。
       「うん?」
       無邪気な茶色い瞳がまっすぐに彼女を見つめた。
       「きれいだなぁ・・・って思ってたのに。酸性土壌がどうした・・・なんて、もう。せっかくの
       紫陽花がだいなしだわ。」
       淡い桜色の唇を可憐にとがらせて、恋人の無粋をとがめる。
       「ん?・・・ああ、ゴメンごめん。子供のころにさ、理科の実験で、リトマス試験ってやった
       んだよね。酸性の試薬に浸すと、青い紙がぱあって赤くなるんだ。おもしろかったなぁ・・・。
       あじさいの花の色もそれと同じ理屈なんだよ。変色のベクトルは反対だけどね。」
       "ん・・・もう・・・"と彼女は彼に気づかれないように小さくため息をついた。
       彼は時々、こんな面を見せる。
       ジョーには、どんなメカも自在に操れる能力が"性能"として与えられている。それでも初見で
       高度な操作から修理や改造までをも、苦もなくやってのけるというのは、やはり、彼にはメカ
       に対する天性のカンのようなものが備わっているからなのだろう。そして、その資質の幾分か
       は算数と理科が得意だったという、彼の子供時代に培われたものに違いない。理科実験室で
       瞳をきらきらさせていただろう小さなジョーと、その彼が大人になって自分の前にあらわれてく
       れたこと、そのことがなにかとても愛しいことのように、彼女には思われた。

       迎えにきてくれたお礼にとジョーがオーダーしてくれたケーキと飲み物が運ばれてきて、「か
       わいい!」と彼女は空色の瞳を輝かせた。
       「ラズベリーに救われた。」
       と言って、ジョーが微笑む。フランソワーズは
       「あたしはあなたが思ってるほど、花より団子な女じゃありません。」
       つん、とそっぽを向いて見せる。
       「じゃあ、ボクがいただいちゃおうかな、それ。」
       「あら、だめよ。」
       「ほら、やっぱり花より団子じゃないか。」
       "もう・・・いやなジョー・・・"と彼をやさしくにらんだあと、彼への"お返し"を思いついて、
       「あたしはアルカリ性なのよ。・・・すごーーーく強いアルカリなんだから。」
       彼女はいたずらっぽく笑った。
       「たしかにアルカリ性なのはアルカリ性だけど、すごく強いってことはないだろう?人体のpH
       って7.4前後なんだぜ。そもそも人体にはさ、内部恒常性を保とうって働きがあるんだから、
       せいぜい変動したってプラマイ0.2とかそのくらいのレンジなんじゃないか?」
       彼女は、ジョーの長弁説にはあえて反論せずに、ケーキに飾られたラズベリーをシルバーの小
       さなフォークで差し出した。
       「はい、あなた・・・あーーんして。」
       "え・・・?"とジョーの瞳が丸くなる。状況が理解できずに"固まって"しまった彼からようや
       く届いた反応は、脳波通信だった。
       ―――不意打ちなんてずるいや、フランソワーズ。
       ―――食べてくれなきゃ、あたしがイジワルしてるみたいに見えちゃうわ。どうしよう・・・。
       ―――う・・・。
       照れくささでいたたまれないのを必死で耐えながら、ジョーは消え入りそうな声を出した。
       「ぁ・・・ぁ〜〜〜ん。」
       観念したようにくちを開け、ラズベリーを食べさせてもらう。
       「ほーーーらね。赤くなった。・・・ね?あたしはアルカリ性、でしょ?」
       満足そうに微笑んだ彼女は、こんどは自分のくちにラズベリーをひとつ、運んだ。







2009.6.14

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