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女王陛下の009
    written by oga sama
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【プロローグ】

バカラ・クリスタルの煌きが星屑のように降ってくるホールは、着飾った男女で華やかにさんざめいていた。
女王も出席しているパーティーなのに、ドレスコードにブラックタイ・オプショナルと指定があるのは、出席者の多くがファッション業界や宝飾業界のバイヤーであることに関係がある。
このパーティは、モナミ王国に進出してきた、新進気鋭のファッションブランドの、フレグランスの新作発表会を兼ねたパーティなのだ。
流行の最先端を行くファッションに身を包んだモデルやプレスが活躍するファッション業界も、一歩内側に入れば、ダークスーツに身を固めた男たちの熾烈な競争が繰り広げられるビジネスの戦場に変貌する。
今夜も、繊細な泡がきらめく淡い金色の液体が満たされたグラスを手にした企業戦士(ビジネス・コマンドー)たちが、歓談という名の白兵戦を演じている・・・見るものが見れば、剣呑このうえない光景が繰り広げられていた。

フランソワーズ・アルヌールは、談笑の輪の中央にいた。
肩を見せた明るい赤のドレスは、彼女の白い肌と淡い髪の色に良く映えている。フランソワーズの可憐で清楚な美貌は、夜会のような場に出ると、大輪の花が開いたような華やかさが添えられ、見るものを魅了した。
豊かな話題とそれに倍する聞き上手、しかも"大和撫子より大和撫子らしい"と評される人柄の持ち主とあって、彼女の周りにはなごやかな笑い声が絶えない。
今、話題になっているのは、同じブランドが前回発表したフレグランスのプロモーションのことだった。
今夜も彼女をエスコートしている、公認の恋人、ハリケーン・ジョーを起用したプロモーションは、このブランドには珍しくイメージキャラクターにプロスポーツ選手を起用していることに加えて、そのヴィジュアルの大胆さが鮮烈なインパクトとなって話題をさらった。
当のハリケーン・ジョーは、彼らの会話を小耳に挟んで内心こそばゆい思いをしながら、彼は彼で、数カ国語を流暢に操ってレース回りの話題で周囲を盛り上げている。

人々の会話を妨げないように流れていたオーケストラの演奏が、ウィンナ・ワルツの華麗な旋律に転じた。輪の中から進み出た紳士がフランソワーズにダンスを申しこむ。ちらりと自分の方を見た彼女にむかって、ジョーが鷹揚に頷く。
―――楽しんでおいで。
脳波通信を飛ばして彼女を送り出した後、ジョーはダークスーツの群れに向き直った。
「ボクも踊れないワケではありませんが・・・これでようやくミナサンと男同士のお話ができます。」
ほどなくして・・・。
「シマムラさま・・・。」
隙のないタキシード姿の給仕がジョーに呼びかけ、銀のトレイを差し出した。トレイには名刺大のカードが乗っており、ジョーは周囲の男たちに気付かれないように給仕に頷き返すと
「失敬・・・。」
するりと会話の輪を脱け出した。
ジョーの背後で、ダンスから戻って来たフランソワーズを囲んで、ふたたび和やかな歓談の輪が広がった。



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