written by seri さま
  


「003!」

僕が気付いたとき、フランは爆風にその身を吹き飛ばされていた。
地面に叩きつけられる寸前に加速装置でフランの身体を抱きとめた。
亜麻色の髪が少し焦げて頬が熱風によって赤くなっている。

「003!大丈夫か?003?…フラン!」

目立った外傷は無いようだったが、何度呼んでもフランは目を開けなかった。一瞬にして心が凍りつく。
僕はあとのことを004に託し、フランを抱いて急いでドルフィン号に運んだ。
ざっと見たところ外傷は無いとの博士の診断に少しだけ安堵し、僕は後ろ髪を引かれる思いで戦場に戻った。
逸る気持ちを抑えながら、敵の基地を破壊しドルフィン号に帰還したが、フランはまだ目覚めていなかった。
ベッドに横たわるフランの呼吸は規則正しいものだったが、焼け焦げた髪が痛々しい。
博士の話では、爆風で一時的に気を失っただけで心配はないとのことだったが、それでも僕は彼女の側を離れることができなかった。結局、フランはギルモア邸に戻るまで意識を戻さなかった。眠り続けるフランを自室のベッドに横たえて僕はそっと彼女の手を握った。

…どうしたの、フラン。早く目覚めて…

なかなか目覚めないフランに何となく胸騒ぎを感じて僕はフランの髪を何度も撫ぜた。
するとそれが合図になったようにフランの手がピクっと動き、小さなため息が漏れた。

「フラン?」

ゆっくりと瞼が開く。
何度か瞬きをしてから、フランが僕の顔を見たが、どこか違和感があった。

「誰?」
「えっ?」

思いもしない言葉に僕が握っていた手を緩めたため、フランは怯えたように自分の手を引っ込めた。

「あなた、誰なの?ここはどこ?あっ…ここ、えっ…あの…私…あの…」

ベッドから身体を起こした彼女は明らかに混乱していた。

「フラン、どうしたの?落ち着いて」

僕はフランの両手をもう一度しっかりと握り締めた。

「…フラン?…私が?…あなた…あの…あっ…」

握り締めた手が小刻みに震えていた。
記憶が…

「わからない、わからないの!」
「落ち着いて。僕が誰だかわからない?」

僕は冷静になろうと努力しながら彼女の顔を覗きこむ。
フランはその蒼い瞳から今にも涙が零れそうになりながら頷いた。
僕は脳波通信でアルベルトに呼びかけた。こんな時間に呼びかけて確実に繋がるのは彼だと判断したからだ。

『アルベルト、起きてる?博士をフランの部屋に連れてきて』

すぐに返事がくる。

『どうした?』
『フランの記憶がない』
『何?』
『本人も混乱してる』
『わかった。すぐに博士を起こす』

僕が脳波通信で話している間もフランは少し震えながら所在なさそうにキョロキョロと部屋を見回していた。
彼女自身が選んだ白いアールデコ風の家具、小花柄のクッション、写真フレーム…
机の上の写真フレームにはフランと僕が写っている。
フランは一緒に写真を撮りたがるけど、僕はあまり写真は好きじゃない。
だからこの写真はジェロニモとフランが手入れしている庭に花が咲き乱れ、フランが言い出してガーデンパーティーをした時のものだ。
あまりに綺麗に咲き乱れる花々に僕が眼を奪われていた時に、フランが僕の肩に手を伸ばして耳打ちした。
その瞬間を撮られたものだ。
この写真を初めて見た時、自分でも驚いた。そこには見たこともない自分がいた。
だってこんな笑顔の自分を今まで僕は見たことがなかったから。
ピュンマに言わせると‘フランソワーズといる君はいつでもそんな顔してるよ’だそうだけど。
そんな想いに一瞬とらわれていたことにはっと気が付き、僕は彼女と手を繋いだまま瞳を覗き込むように言った。

「いいかい、落ち着いて。大丈夫だから。キミの名前はフランソワーズ。わかる?」
「…フラン…ソ…ワーズ…」
「そう、で僕は島村ジョー、キミの友達だ」

恋人って言いたいところを我慢して友達と言った。それだけで辛くなってくる。

「…ジョー…」

彼女が僕の名前を呼ぶ。でもその声にはいつも僕を和ませてくれる響きは無かった。

「キミは一時的に記憶を無くしているみたいだけど、すぐに想い出す。今、ドクターが来るからよく診てもらおう。いいね」

不安そうにキミが頷いた。
アルベルトに付き添われてパジャマ姿のままで現れたギルモア博士の診断は、やはり一時的な記憶喪失で、何かのきっかけさえあれば全て想い出せるだろうとのことだった。
こんなときには頼になるイワンは残念ながら夜の時間だったので、僕らは仕方なく暫く様子をみることになった。。





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