::hotel
シングル6。
ダブル5。
セミスイート2。
スイート1。
交通に不便な街にひっそりと建つ洋館は、以前は名のある人の別荘だったらしい。
現在は小さなホテルになっていた。
ホテルから車で約20分ほどかかるが、有名な観光地へと出向くことができるために、シーズン中はそこから溢れた人々がやってくる、以外は常連ばかり。
彼はその誰にもあてはまらない。
明るい栗色の髪は陽の色に染まり、金茶色に変わる。東洋人とも西洋人とも思えない神秘的な顔立ちに、優しげな色素の薄い褐色の瞳は少しだけ不安げに見えた。カードキーを受け取ると口元で微笑み、耳に心地よい甘さを含んだテノールの声は穏やかだった。
カードキーを受け取ったが部屋には行かず、彼は今、広いとはいえないロビーにおかれたソファに座り、ぼんやりとホテルのエントランスを眺めている。
予約されていた部屋はセミ・スイート。
濃紺のTシャツに、ジャケット。
ジーンズに、スニーカー。
彼は荷物らしい荷物を何一つ持たずにホテルにやってきた。
「島村さま?」
フロントマネージャーの高島が彼に近づいた。
彼は目線だけを高島へと向ける。
「島村さま、ファックスが届いてございます」
彼は高島からプリントされた用紙を受け取り目を通す。
ひとつ、柔らかなため息を吐いて口元で微笑みながら、高島に礼を言った。
彼はもう一度ファックスに目を通すと、少しばかり腰を浮かせてジーンズのポケットから携帯電話を取り出した。
指は、動かない。
じっと携帯電話の液晶画面を見つめてから立ち上がり、携帯電話は再び同じ場所へとしまわれた。
ソファに置かれていたジャケットを手に取り肩にかけ、ふと、彼の動きが止まる。
彼の視線が床へと落ちた。
目蓋を閉じて、ため息をひとつ。
ゆっくりと開かれた褐色の瞳は伏し目がちに鈍く揺れて、睫毛が陰を落とす。
癖のある髪は柔らかく、陽の光に色に輝く。
はねた髪からのぞく首、少し傾けた顎のラインが彼の顔の端正さを際立たせる。
落とした視線の先に彼が何を思うのかは、わからない。
細身に思われがちの彼の、肩幅は広い。
着ているTシャツの皺のより具合で、彼の躯が鍛えられていることがわかる。
履きならされたジーンズに、刻まれた癖のあるライン。
彼のくちびるが微かに誰かを呼んだ。
end.
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